The Beatles “All you need is love:愛こそはすべて”(1967)の訳し方

多くの日本人が(否、英語を使いこなせる世界中の大勢の人々でさえも)「いったいこの歌詩、どういう意味だろう?」と頭をヒネる(ようにわざと書かれている)ザ・ビートルズの(というか、ジョン・レノンの)作ったメッセージソング『愛こそはすべて(All you need is love)』のきちんとした解釈の仕方、知りたいと思いませんか?
・・・この『英語構文中核編(ESSE)』<関係詞の二重制限>のページの文法解説を一通り読み進んでから、一番最後に置いてある
<The Beatlesの歌詩に見る「挿入関係詞節」と「二重制限関係詞節」(=『Michelle:ミッシェル』&『All you need is love:愛こそはすべて』の訳し方)>
の内容を覗いてみてください・・・今まであなたが抱えていた疑問の雲を、きれいさっぱりスーッと晴らしてご覧に入れますよ。(内容が閉じている場合は、タイトルボックスをクリックすれば開きます)
    
 英語の「関係代名詞節・関係副詞節」に関する実に単純明快なルールとして、次のものがあります。
 同一の「先行詞」に複数の「関係詞節」が掛かる場合は「先行詞に近いものから順番に解釈」する
 ・・・べつに何ということもない当たり前のルールのようですが、実は、日本人英語学習者の場合、このシンプルルールにわざわざ逆らうかのごとく
(×)先行詞から”遠い”関係詞から”近い”関係詞へとさかのぼる「逆順解釈」
を取ってしまう場合が少なくないのです・・・何故そういうアマノジャクなことをするかと言えば
 英語の「<先行詞>+{関係代名詞節}」を日本語に訳す際には「{関係代名詞節}であるところの<先行詞>」という風に”後ろから前へ”の逆順で”訳し上げる”作法を取るのが基本
という日英両言語の対照的性格があるからです。
 何でもかんでも「後ろから前へ」のへそ曲がり解釈作法が致命的になる事例も少なくないので
「同一英文中に関係詞が複数居並ぶ場合の解釈は、先行詞に近い方から順番に!」
という鉄則を(自らの”脳内処理”の段階では確実に)貫く習癖を付けましょう。
 以下、同一先行詞に複数関係詞が掛かる事例を、パターン別に紹介します・・・素直な”正順”とアマノジャクな”逆順”とで、意味がどう変わるか(あるいは変わらないか)確認しながら御覧ください。
先行詞+関係代名詞節A+関係代名詞節B
There is nothing you agree that I disagree.
あなたが賛成するものでわたしが反対するものは何もない。 ⇒ あなたが賛成なら、何であれわたしも賛成する。
遠い方⇒近い方の逆順解釈 ⇒(×)わたしが反対するものであなたが賛成するものは何もない。 ⇒ わたしが反対なら、何であれあなたも反対する。
 ・・・意味がだいぶ違ってしまいました・・・”逆順解釈”はこういう”翻訳事故”につながるケースがあるので、絶対にやめましょう!
 複数の関係代名詞節が単一の先行詞に掛かる場合、[関係詞の省略]が可能なのは「最初の(=先行詞に最も近い)関係詞」のみであり、2つめ以降の関係詞は省略できません。
(×)There is nothing you agree I disagree.
(×)There is nothing that you agree I disagree.
 同一文中で用いられる複数の関係詞には(不可能な場合を除き)同一形態の関係詞は用いないのが(ある程度以上の知的素養を持つ)英語人種の言語学的本能です。
(×)There is nothing that you agree that I disagree.
(×)There is nothing which you agree which I disagree.
 「同一形態関係詞の冗長使用回避」のためにも、「先行詞に最も近い関係詞」は「[省略可能]なら必ず省略する」というのが英語人種の言語学的習癖です。
 同一の先行詞に掛かる関係詞節の数は(現実的に言って)最大でも”2つ”だけ、”3つ以上の多重関係詞修飾”などというものは(複雑怪奇な学術論文でもない限り)まずもって出現しません・・・であれば、「先行詞に最も近い関係詞」を省略してしまえば、残りは”1つ”だけ、「同一関係詞の冗長使用」の危険性も自動的に0%になるので、「先行詞直近の関係詞は是が非でも省略する!」というのが英語人種の言語学的本能になるわけです。
先行詞+関係代名詞節A+関係副詞節B
There are many countries you don’t know where people live much happier than you do.
みなさんが知らない国で、みなさんよりずっと人々が幸せに暮らしている国が、たくさんありますよ。
遠い方⇒近い方の逆順解釈 ⇒みなさんよりずっと人々が幸せに暮らしている国で、みなさんが知らない国が、たくさんありますよ。
 ・・・上の場合は(たまたま)正順でも逆順でも意味はさほど変わりません(が、”逆順は御法度”の鉄則に変わりはありません)。
先行詞+関係副詞節A+関係代名詞節B
“Is there any reason why dinosaurs disappeared that we are not aware of?” ― “Not that I’m aware of. They became extinct because of huge meteor explosion and global weather change thereof, for all we know.”
「恐竜が消えた理由について、我々が知らない理由が、何かありますか?」 ― 「私の知る限りでは、ありません。恐竜たちは、巨大隕石の大爆発とそれによる地球規模の気候変動が原因で絶滅したのです、我々の知る限りではね」
 「Not that X is aware of」は「Xの知る限りでは、そういうことはありません」の意味の定型句。
 「for all we know」は「我々の知る限りでは、(別の可能性については知らないが、我々の認識では)たぶん」の意味の定型句。
 「thereof」=「of that」で「その、それの、それゆえの、それが原因の」を意味する副詞で、契約書等で頻出する極めてお堅い文語。これが「whereof」になると「of which」を意味する関係副詞になる。
遠い方⇒近い方の逆順解釈 ⇒我々が認識していない中で、恐竜が消えた理由が、何かありますか?
 ・・・まぁ、正順・逆順、どっちでも意味は変わりませんね(でもやっぱり”正順”が正解であることに変わりはありません)。
先行詞+形容詞節A+関係代名詞節B
There are few people rich and prosperous but make great efforts.
金持ちで成功している人の中で、大変な努力をしていない人なんてほとんどいない。
 上例の「few people rich and prosperous」は「few people [who are] rich and prosperous」という風に[主格関係代名詞+be動詞]を補って読むと理解し易い。
 上例の【but ~】は「”否定”の意味を含む主格疑似関係代名詞」で、「but make great efforts=who don’t make great efforts」の意味・・・これを単なる「しかし」の接続詞とみなして次のような誤訳に陥らぬよう要注意。
(×)金持ちで成功していて、しかし大変な努力をしている人は、ほとんどいない。
遠い方⇒近い方の逆順解釈 ⇒大変な努力はしていないけれど金持ちで成功している人なんて、ほとんどいない。
 正順も逆順も同じように見えますが、逆順の方は「大した努力もなしに金持ちの成功者になった」という”出世に至るまでの過程”が中心なのに対し、正順の方は「金持ちの成功者が大した努力もしていない」という”出世した後の生活態度”にスポットライトが当たっている感じなので、やはり”順序を間違った訳出はよくない”ということになるでしょう。
先行詞+形容詞節A+関係副詞節B
There are cases rare but possible where chance meetings change the course of people’s lives.
稀ではあるがあり得ないわけではないケースとして、偶然の出会いが人々の人生を変える場合がある。
 上例の「cases rare but possible」は「cases [which are] rare but possible」という風に[主格関係代名詞+be動詞]を補って読むと理解し易い。
遠い方⇒近い方の逆順解釈 ⇒偶然の出会いが人々の人生を変えるケースとして、稀ではあるがあり得ないわけではない場合がある。
 上の逆順訳だと、「偶然の出会いが人々の人生を変えるケース」として「稀ではあるがあり得ないわけではない場合」の他に「ありそうに見えて実はあり得ない場合」とか「頻繁にある場合」とかの”様々なケース”がありそうな感じになってしまいます・・・
 やはり、四の五の言わずに「先行詞に近い方から順繰りに解釈&訳出」というシンプルなルールに従っておいた方が、安全&得策というものです。
 本講座の作者(之人冗悟:のと・じゃうご:Jaugo Noto)が英語に興味関心を抱くようになった動機は、『The Beatles(ザ・ビートルズ:1962-1970)の歌詩を完璧に理解したい』ということでした。
 ・・・LPレコード(当時はCDなんてありません)にオマケで付いてくる歌詞カードの日本語訳も(いや、英語さえも!)実際にビートルズが歌っている内容とは掛け離れている場合が多い相当に残念な代物でしかないことが(当時まだ中・高生だった)作者にもヒシヒシと伝わってきたので、『これはもう、他の日本人が書いたもの・言ってることなんて一切当てにせずに、自分で頑張って本当の英語の意味を理解できるようになるしかないな』と覚悟を決めたわけです。
 ・・・そうして一念発起して疑問&解決の一人問答プロセスを数限りなく積み重ねてきたおかげで、今ではもう英語の文法で理解不能なものはほぼ皆無、誰かに「これって何?」と聞かれても解説不能な内容もほぼ皆無、というところまで達したこの筆者なのでしたが、そんな中でもたった二つ、最後の最後まで「これって一体どういうこと?」という謎として残ったビートルズの歌詩がありました ― 『Michelle:ミッシェル』(Rubber Soul A-7)と『All you need is love:愛こそはすべて』(Magical Mystery Tour B-5)です。
 たとえビートルズに興味がない人でも、『Michelle』および『All you need is love』の歌詩の解釈・訳し方の問題は、「関係詞と挿入」および「関係詞の二重制限」というここでの文法テーマについて考える上で好個の題材になるものなので、以下、この筆者(之人冗悟)がいかにしてこれら2曲の歌詩のナゾを解き明かしたかの解明プロセスを紹介してみようと思います・・・「なるほど、そういう考え方があったか」という気付きがあれば、幸いです。
 『ミッシェル』や『愛こそはすべて』の歌詩の英語の全文を掲載すると、(たとえそれが「音楽」としてではない「語学」目的であっても)例のJASRAC(ジャスラック)からいわれなき「金払え!」の厄介な請求が舞い込んで来る危険性があるので、「学術目的の文献引用」のスタンスを貫くために、紹介する歌詩の英文は局所局所の最低限に留めておくことにします・・・英語の歌詩の全文が見たい、という人は、ネット検索で自前調達してください・・・ということで、では、いざ。
 Michelleという名の(どうやら英語がわからないらしい)フランス人女性に向かって、(どうやらフランス語がわからないらしい)英国人男性が、『お互い言葉が通じない僕らの間で、これだけは確実にわかり合える唯一のセリフ』として
Michelle, ma belle
Michelle, my love
ミッシェル、僕の愛しい女性
という台詞をただひたすら繰り返す、というストーリーの歌が『Michelle:ミッシェル』です。
 この『Michelle:ミッシェル』の歌詩の中で、この筆者(之人冗悟:のと・じゃうご:Jaugo Noto)の脳裏でどうにもしっくりこなかったものが、次の部分でした:
I will say the only words I know that you’ll understand.
 正攻法の英文法解釈で上の英文の構造を解析すると、次のようになります。
(S)I (V)will say
(O)<the only words
(1){(O)[which(=the only words)] (S)I (V)know}
(2){(O)that(=the only words) (S)you (V)will understand}

僕はこれからも言い続けるつもりだよ
(1){僕が知っている唯一の言葉}にして
(2){君が理解するであろう唯一の言葉}でもあるところの
その唯一の言葉(=”Michelle, ma belle:ミッシェル、僕の愛しい女性”)を
 上の解釈は、それはそれで筋が通るのです・・・もしその「the only words:唯一の言葉(=Michelle, ma belle)」が本当に「僕が知っている&君にも理解してもらえる唯一の(フランス語の)言葉」だとしたら・・・だが実際にはそうではないのです ― この男性(フランス語がよくわからないらしい英国人男性)は、懸案の「Michelle, ma belle」以外にも、あれこれ「フランス語の台詞」で「フランス人のMichelle女史なら(たぶん)理解するであろう台詞」をちゃ~んと口走っているのです ― それが、次のくだり:
“Michelle, ma belle” sont les mots qui vont tres bien ensemble, tres bien ensemble.
ミッシェル、マ・ベル、ソン・レ・モ・キ・ヴォン・トレビャン・アンサンブル、トレビャン・アンサンブル
(=ミッシェル、マ・ベル ― とっても素敵な言葉のアンサンブル...とてもいい響き)
 上のフランス語の一節が同じ歌の中に登場するからには、先ほどの
(”Michelle, ma belle” =) the only words
(1){[which] I know}
(2){that you will understand}
-----
“Michelle, ma belle:ミッシェル、僕の愛しい女性”という言葉こそが
(1){僕が知っている}&(2){君も理解するだろう}
の2つの条件を満たすところの
唯一の言葉(the only words)
という図式が、崩れ去ってしまうわけです。
 英語の歌詩の意味など全然わからぬままに『ミィーッシェール、マーベル、そんでもってボンカレーびゅんびゅん、トレビャンあんさん!』とかテキトーこいて歌ってた中学生の頃の自分には、上で解き明かした論理の破綻なんてべつにどうでもいいことだったのですが、「自前でビートルズ歌詩完全解明!」を目指して猛勉強しまくったせいもあって俄然英語力が付いてしまった後の(高2~高3頃の)自分としてはもう、『Michelle』の歌詩を口ずさむたびに例の「the only words I know that you’ll understand」の部分が、まるでノドに引っ掛かった魚の小骨みたいに、気になって気になって仕方なくなってしまったのでした・・・
 そうして、ある日(・・・恥ずかしながら、つい最近の話なのですが・・・)ふと気付いたのでした ―
「この”I know”って、もしかして、”関係代名詞節”じゃなくて、”挿入成分”なんじゃなかろうか?」
― と・・・もしそうだとしたら、図式的には次のようになります:
the only words
{(O)[that] (I know) (S)you (V)will understand}
{君が理解してくれるだろう(と僕が知っている)ところの}唯一の言葉
 この解釈ならば、上で問題になっていた「この”Michelle, ma belle”はこの英国人男性の知っている唯一のフランス語の言葉ではない」という事実も、問題ではなくなります。
“Michelle, ma belle” sont les mots qui vont tres bien ensemble, tres bien ensemble.
というフランス語の結構長い台詞も「僕が知っている(フランス語の)言葉」ではあるものの、何せこの英国人男性、フランス語は不自由みたいなので、こんな長ゼリフをたどたどしく口走ってみせてもそれは「君の理解する言葉」にはならない( = フランス人女性のMichelleさんの耳には『ミィーッシェール、マーベル、そんでもってボンカレーびゅんびゅん、トレビャンあんさん!』ぐらいにしか聞こえないので理解不能)という風に解釈すれば、
 (1つだけ、ってわけではない)僕のたどたどしいフランス語レパートリーの中でも、「この台詞なら確実に君にも理解できるだろうな(you will understand)」と僕が知っている(I know)ところの唯一の台詞(the only words)

the only words
{[that] (I know) you’ll understand}
その唯一の台詞こそが
Michelle, ma belle
Michelle, my love=ミッシェル、僕の愛しい女性
 ・・・この解釈なら、すべてが丸く収まるわけです!・・・唯一、次の難点を別にすれば:
 上記の解釈を取るには、”that”の位置が問題になる
 ・・・そうです、既に本講座内で指摘した通り
 「(挿入SV)含みの単一関係代名詞節」では、「関係代名詞は1つだけであり、それは(挿入SV)の直前に置かれる(・・・が、省略される場合もある)
のでした・・・が、『Michelle』の懸案の歌詩の構造は
the only words
{[which] I know}
{that you’ll understand}
・・・これは「(挿入SV)含みの関係代名詞節」ではありません。
・・・最初の[which]が省略されて2つめの”that”が省略されずに残っているこの構造は、典型的な「二重制限関係代名詞節」なのです:
 「2つめのやつ」の直前に「関係代名詞」が置かれているならそれは「二重制限関係代名詞節」、そこに「関係代名詞」が置かれていなければそれは「挿入部含みの単一関係代名詞節」
という(すぐ上の特集記事で力説した)英文法の原理に、先程の新釈「挿入含みの単一関係代名詞節」は、見事に弾き返されてしまうのです・・・
 ・・・が、しかし、こう考えてはどうでしょう ―
 ポップソングの歌詩に過度の”意味”や”文法的厳密性”を期待してはいけない ― 歌いやすいように歌詩をいじる過程で、意味も文法もヘンテコな英文に化ける場合も往々にしてある(・・・が、そんなの誰も気にしないし、気にしてはいけない!)
 歌いやすいように歌詩をいじる過程で、”that”の位置をちょちょいのチョイとズラした結果が
●本来正しい「挿入部含みの単一関係代名詞節」
the only words {[that] (I know) you’ll understand}
●結果的に化けてしまった「二重制限関係代名詞節」
the only words {[which] I know} {that you’ll understand}
という解釈だって、”文法的”にはともかく、”ポップソング的”にはまんざらダメとは言えないのではないか・・・
 さらに言わせてもらえば、そもそもそこで使われている関係代名詞が”that”であるという点も「二重制限関係代名詞」としてはいささか不自然です。
 関係代名詞【that】は、”接続詞”や”(関係詞ではない普通の)代名詞”と混同され易いため、「先行詞+【that】」の直結位置以外で使うには難がある
というルールを思い出したなら、懸案の”that”の位置の不自然さがますますもって気になってきます。
●先行詞と離れた”2つめの関係代名詞”として使うなら、”which”の方が”that”よりも適任
という判断はいささか「文語」寄りすぎるから「(そもそも”which”なんてまず使わない)ポップソング」の歌詩には当てはまらないとしても
●先行詞【the only】が持つ”強調的”な響きに引きずられて【that】が用いられるわけだが、その場合には当然
(○)<the only words {【that】 I know} {which you’ll understand}>
であって
(×)<the only words {[which] I know} {【that】 you’ll understand}>
になるはずがない
という違和感もあって、やはり何ともしっくりこないわけです。
 ・・・こうして考えてみると、やはり本来の形態は
the only words {[that] (I know) you’ll understand}
の「挿入含み関係代名詞節」だったのではないか・・・でも、『Michelle』のあのメロディーラインに乗せて上の歌詩を上の語順のまま歌うことは絶対不可能なので、歌唱上の必然性から
the only words {I know} {that you’ll understand}
という例の形(二重制限関係代名詞節の形態)へと自然に流れて行ったのではないか・・・どうも、そう考えるよりほかにこの(論理的には筋が通らない)「the only words I know that you’ll understand」を納得しながら歌う方法は他にない・・・
 ・・・というのが(ちっともキッチリしてないけれどもとりあえず納得できる)唯一の解釈、というのが(2019年現在の)之人冗悟流『Michelle』問題への回答、です。
 ・・・といった感じで、少々拍子抜けさせちゃったかもしれない『Michelle:ミッシェル』とは異なり、もう一つのナゾ英文だった『All you need is love:愛こそはすべて』の歌詩問題には、「コロンブスの卵」というか「目からウロコ」というか「Eureka!:ユーレカ!そうだったのか!(・・・幽霊か?ではない)」的展開が待っているので、どうぞ期待してお読みください!
 1967年6月25日、全世界をTV生中継で結ぶ初の試み「Our World:我らの世界」にイギリス代表としてThe Beatlesが出演した際に、アビー・ロード第1スタジオで公開録音された曲、それが『All you need is love:愛こそはすべて』でした。
 この番組は全世界に生中継され、約四億人がこの曲の公開生録音風景を目撃したそうです・・・ちなみに当時の人類の総人口は半世紀後の2017年(約75億人)の半分以下の約35億人、その全人類の8~9人に1人は『愛こそはすべて』のメッセージを「全世界向けテレビ生放送」で耳にしたわけです。
 それほどまでに有名な曲なのですが、この『All you need is love』、歌うには実に難しい歌です・・・作者のJohn Lennonは典型的な「歌詩が先 ⇒ 曲は後付け」のソングライター(彼の相棒のPaul McCartneyは真逆の「曲先・歌詩後」)なのですが、天性の音楽家&詩人のジョンの曲はだいたい「歌詩がメロディに自然に溶け込んで本当に歌いやすい」という一般特性に反して、この『All you need is love』は ― メロディーとの親和性など度外視したようなたどたどしさで ― とにかくメチャクチャ歌いづらいのです!
 同じ歌い辛さでも、ポールの曲の場合は「”殺人的”なまでの早口言葉歌詩」が原因で歌いづらい(例:『I’ve just seen a face』)とか「”超人的”なまでに高いキー」が原因で歌いづらい(例:『I’m down』)とかが多いのですが、ジョンの曲にはそういう大変さがほとんどありません・・・ただ、彼の独特のあの声の響きをマネしようとしても到底ムリ、という壁が立ちはだかるだけです。
 それが、この『All you need is love』に関しては、作者のジョン自身ですら「作るのにかけた時間より、歌いこなせるようになるまでに要した時間のほうがずっと長い」と言っているほどの歌いづらさ・・・どうやら、”メッセージ優先 / 歌いやすさ二の次”の曲だったようなのです。
 そういうわけで、この筆者(之人冗悟)にとって『All you need is love』は(ジョンの曲としては例外的な)”歌唱対象外”の歌だっただけに、その歌詩もかなり長いことさほど気にも留めずにノーマークのままだったのですが、21世紀に入ってから、ビートルズの曲の全ての「正しい英語歌詩」と「正しく解釈した日本語訳」をまとめようという個人的試みに挑んだその時になってから、改めてこの曲の歌詩の難解さに直面して愕然としたのでした・・・その難しさを一言で言うと:
 正攻法で解釈すると「まるで意味のない英文」になってしまう「二重制限関係代名詞節」で構成された歌詩のオンパレード
 ・・・それが『All you need is love:愛こそはすべて』の特徴なのです・・・例えば、こんな調子:
There’s nothing you can do that can’t be done.
There’s nothing
(1){[which] you can do}
(2){that can’t be done}
-----
(1){君に出来る事}で
(2){出来ない事}は
何もない。
[There’s] nothing you can sing that can’t be sung.
There’s nothing
(1){[which] you can sing}
(2){that can’t be sung}
-----
(1){君に歌える事}で
(2){歌えない事}は
何もない。
[There’s] nothing you can make that can’t be made.
There’s nothing
(1){[which] you can make}
(2){that can’t be made}
-----
(1){君に作れる事}で
(2){作れない事}は
何もない。
[There’s] no one you can save that can’t be saved.
There’s no one
(1){[whom] you can save}
(2){that can’t be saved}
-----
(1){君に救える人}で
(2){救えない人}は
誰もいない。
・・・全編通してこんな調子の歌詩のオンパレードなのが『All you need is love:愛こそはすべて』なのです・・・それってまるで
There’s nothing you already know that’s news to you.
There’s nothing
(1){[which] you already know}
(2){that’s news to you}
-----
(1){君が既に知っている事}で
(2){君にとって初耳な事}は
何もない。
みたいな陳述・・・確かに「その通り」なんだけど、あまりにも当たり前すぎて「言う意味がない」というお話・・・こういうのを英語では【truism】と呼びます(日本語で言えば「自明の理・言わずもがなの事」)。
 しか~し!・・・そんな「当たり前すぎて言う意味がない【truism】」を、わざわざあのロックンロールの詩人ジョン・レノンが、全世界四億人の人々が見つめる史上初の衛星生中継実験テレビ放送の場で、「イギリス代表」&「ミュージシャン代表」&「全世界の若者代表」として公開録音する楽曲の歌詩として、歌ったりする道理がありません!
 ・・・ここは、やはり、【truism:自明の理】を超えた何らかの深~い意味を、これらの歌詩の中に読み取らぬことにはお話にならないでしょう・・・
 ということで、この筆者(之人冗悟:のと・じゃうご:Jaugo Noto)がとりあえずまずやってみた「意味なさげな歌詩に意味を読み取るための手段」が
 「二重制限の関係代名詞節」は「先行詞に近い方から順繰りに解釈する」というのが英文法の鉄則・・・ならば、いっそのことこれを「先行詞から遠い方から近い方へ」と”逆順”解釈してみたらどうか?
という荒技でした・・・はっきり言って、我ながら無茶苦茶なやり方です ― 「二重制限関係代名詞節」を「先行詞から遠く離れたやつから順に”後ろから前へ訳し上げる”」なんてアマノジャクなやり方は、「英語とは何もかもサカサマな日本語」で育った「英語出来ない日本人」の専売特許、イギリスはリバプール育ちのジョン・レノンが(いくら彼が天の邪鬼な性格だとしても)やらかすとは思えない・・・
 ・・・けど、何事につけても「常識破り」で、「俺達の音楽を理解してるやつなんて全世界に100人ぐらいしかいない」と豪語してたあのビートルズのジョン・レノンのことだし、ほんの1年前に「現代のキリスト教の衰退ぶりは一体どうしたワケなんだ? キリストよりもビートルズの方が有名だったりするんだから、今の世のキリスト教が人々に全然アピールできてないことは明らかだよね?」の発言が「ビートルズは今やキリストより有名で人気がある!」などとトンデモ曲解されてアメリカで大バッシング浴びたばかりだから、その反動で「世間の人達に当て付けるような”逆順解釈の二重制限関係代名詞節”」なんてものをジョンが発明してみたくなった、なんてことも、あるかもしれない・・・
 (・・・脈絡抜きでの引用が問題を引き起こす、という『ジョン・レノンのキリスト教発言曲解舌禍事件』を引き合いに出した後なので、上述の『俺達の音楽を理解してるやつなんて全世界に100人ぐらいしかいない』の発言についても、その前後の脈絡を以下に紹介しておくことにしましょうか・・・)
John Lennon talked about his opinion of other artists performing Lennon/McCartney songs:
“There are only about 100 people in the world who understand our music, George, Ringo, and a few friends around the world. Some of the artists who recorded our numbers have no idea how to interpret them. ・・・ When Paul and I write a song we try and take hold of something we believe in ― a truth. We can never communicate 100 per cent of what we feel but if we can convey just a fraction we have achieved something. We try to give people a feeling ― they don’t have to understand the music if they can just feel the emotion. This is half the reason the fans don’t understand but they experience what we are trying to tell them.”
(excerpt from “Flip Magazine” May 1966 issue)
レノン / マッカートニー作品を他のアーティストがカバーすることについてジョン・レノンが語ったこと:
『俺達(ジョンとポール)の曲を理解してるやつなんて世界中に100人ぐらいしかいない。俺とポール以外では、ジョージとリンゴと、周りの仲間達、世界中にそれぐらいしかいないさ。俺達の曲をレコーディングしたアーティストの中には、その曲をどう解釈していいのかさっぱりわかってない連中もいる。・・・中略・・・ポールも俺も、曲を書く時に目指してるのは、自分が信じていること ― 『真実』 ― を形にすることさ。俺達が感じていることの100%すべてをみんなに伝えられるわけじゃないけど、そのほんの一部だけでも伝わったなら、それだけでもちょっとした達成感だね。俺達はみんなに”フィーリング”を伝えたいんだ ― 聴き手はべつに”音楽を理解する”必要なんてないのさ、”感情を感じ取る”ことができればそれでいい。ま、だいたいそんな感じで、ファンはべつに理解してるわけじゃない、ただ俺達が彼らに伝えようとしてることを体感してるだけ、ってことさ。』
(”Flip Magazine”1966年5月号より抜粋)
 ・・・ジョンが言う「俺達の音楽」とは、実は「ビートルズの音楽」の意味ではなく、「ポールや俺が書いた曲(=Lennon / McCartney songs)」の意味であり、その”理解者”の中には、同じThe BeatlesのメンバーのGeorge Harrison(ジョージ・ハリスン)とRingo Starr(リンゴ・スター)や、プロデューサーのGeorge Martin(ジョージ・マーティン)や、マネージャーのBrian Epstein(ブライアン・エプスタイン)や、ロードマネージャーのNeil Aspinall(ニール・アスピノール)やMalcolm Evans(マル・エヴァンズ)といった面々がいる・・・が、スタジオ内で曲が生まれるまでの過程に直接関与しているそうした「100人ぐらいしかいない仲間内」の外の世界からでは、「ポールと俺が書いた曲に俺達がどういう意味を込めたのか、わかる人間はそうそういない」という意味なのでした・・・
 ・・・”脈絡(context)”から切り離された言葉が一人歩きを始めると、”意味”がどんどんズレて行く、という一例ですね。
 ・・・『All you need is love:愛こそはすべて』の歌詩にJohn Lennonが込めた意味もまた、「創作過程に直接関与していた仲間内」では自明だったのかもしれませんが、その輪の外からこれを眺める外国人の英語感性には、ちょっと・・・
 ・・・という次第で、とりあえず(半ばヤケクソの)思い付きだけでやってみた「英文法の常道の逆を行く”後ろから前へ訳し上げる”逆順二重制限関係代名詞節」の解釈が、これ・・・
There’s nothing
(2){that can’t be done}
(1){[which] you can do}
-----
(2){出来ない事}で
(1){君に出来る事}は
何もない。
⇒出来もしない事は、挑んでみたってどうせ君に出来るはずがないのだから、最初からやらずにおきなさい。
There’s nothing
(2){that can’t be sung}
(1){[which] you can sing}
-----
(2){歌えない事}で
(1){君に歌える事}は
何もない。
⇒歌えない歌は、歌おうとしても君には歌えっこないんだから、最初から口も開かずにおきなさい。
There’s nothing
(2){that can’t be made}
(1){[which] you can make}
-----
(2){作れない事}で
(1){君に作れる事}は
何もない。
⇒作れない事は、作ろうとしても君に作れるわけがないんだから、最初から手を出さずにおきなさい。
There’s no one
(2){that can’t be saved}
(1){[whom] you can save}
-----
(2){救えない人}で
(1){君に救える人}は
誰もいない。
⇒救いようのない人は、君がいくら救おうとしてもどうせ無駄なんだから、最初から見捨ててしまいなさい。
 ・・・・・・・・・どうです、このとことん否定的で投げやりで冷たく突き放したような言葉の数々・・・
 ・・・こんなケッタクソ悪い台詞を、あのジョン・レノンが、1960年代半ばのヒッピー文化真っ只中の「反抗する若者たち」に熱烈に支持されていたビートルズの歌詩が、ぜえ~ったいに歌うわけがないっ!・・・
 ・・・そう、上の焦げ茶色の帯の上を流れる否定的で冷笑的で消極的なセリフの数々は、「ジョン・レノン&ビートルズ」ではなく、彼ら(に代表される60年代の若者文化)のことを冷ややかな眼で見下していた「世間の大人たち」にこそふさわしいイヤミな響きを帯びた代物なのです・・・
 「世間の大人たち」は
「世の中の事を知り尽くした」つもりの冷笑的で消極的で否定的な言辞に満ちた「ワケ知り顔の連中」は
こう言うのです ―
「無理ムリ、そんなの出来っこないからやめとけ」
「無理ムリ、そんなの歌えっこないからやめとけ」
「無理ムリ、そんなの作れっこないからやめとけ」
「無理ムリ、そんなヤツ救えっこないからやめとけ」
 ・・・ザ・ビートルズ自身も、レコードデビューを目指してがんばる素人バンドだった頃の1962年1月1日、雪の降るロンドンで受けた『デッカ・レコード』のオーディションで、冷ややかに”落第”の通知を突き付けられました・・・その時、ビートルズのマネージャーのBrian Epstein(ブライアン・エプスタイン)に向かって、デッカのおエラいさんはこう言い放ちました ― 『ギター中心のバンドなんてもう時代遅れなんですよ、ミスター・エプスタイン』・・・
 ・・・デッカ・オーディション落第から2年後の1964年2月9日、既に英国ナンバーワンバンドとして不動の人気を確立していたビートルズはアメリカに初進出・・・彼らの出演したテレビ番組『The Ed Sullivan Show(エド・サリヴァン・ショー)』は72%という空前絶後の全米視聴率を獲得・・・TV画面の中でThe Beatlesの3人の若者が抱えた3種類のギター
●John LennonのRickenbacker325
●George HarrisonのGretsch6122-1962
●Paul McCartneyのHöfner500/1
には、テレビを見た若者たちからの注文が殺到、たちまち『エレキギターの三種の神器』になりました。
 ・・・史上空前の「ギターブーム」で関連業界は大儲け、ビートルズに憧れたギターキッズの中からは将来の大物ミュージシャンたちが続々育ち、今や「ギター中心でないバンドなんて、探すのが難しいですよ、デッカのおエラいさん」という現実は、皆さん御存知の通り・・・
 ・・・そう、いつの時代も、「ワケ知り顔の大人たち」は必ず言うのです ― 「無理ムリ、そんなの無理だから、やめておけ」
 ― そんな否定的で消極的で冷笑的な「わかってない大人ども」に「無理じゃないってば! 出来るってば!」ってことを示すには、どうしたらいいか?
― 実際にやって見せて、「出来る!」ってことを思い知らせてやることです。
 ― 実際、ビートルズは、1960年代の反抗的な若者たちは、それをやってのけました ―
●「イギリスのアーティストなんて、アメリカじゃ絶対売れっこないよ、無理ムリ・・・」
・・・1964年2月1日に初めて全米ヒットチャートNo.1に輝いたThe Beatlesの『I want to hold your hand:抱きしめたい』はそのまま7週間連続首位・・・そのトップの座を奪ったのはやはりビートルズの(本国イギリスでは前年のヒット曲だった)『She loves you:シー・ラヴズ・ユー』・・・その次にトップの座に座った『Can’t buy me love:キャント・バイ・ミー・ラヴ』もまたまたビートルズの曲・・・結局、1964年2月1日から5月2日まで、全米ヒットチャートの第一位は、四ヶ月連続で『イギリスからやってきたザ・ビートルズの”指定席”』だったのです。
 ・・・これが、音楽史に残る「the British Invasion:英国勢による米国ヒットチャート侵略」の始まりでした。
●「”歌”で世界を変えるなんて、無理ムリ、世の中そんなに甘くないよ・・・」
 ・・・確かにその通りかもしれませんが、「歌」を中心に集まった膨大な数の若者たちのウェーブが、時代を(あるいはメディアを通して”世論”を)強烈に揺り動かす原動力となったイベントだって、あるんです:
●Monterey Pop Festival(モントレー・ポップ・フェスティバル):1967年6月16日~18日
●Woodstock Music and Art Festival(ウッドストック・ミュージック・アンド・アート・フェスティバル):1969年8月15日~17日
 ・・・こうした一連の「音楽による世界変革チャレンジ」の一環として、モントレー・ポップ・フェスティバルの翌週に全世界に向けて放たれたメッセージが、『All you need is love:愛こそはすべて』だったのです。
 何一つ実際にやってもみないくせに、「無理ムリ、やったってどうせ出来っこないに決まってる・・・」というNEGATIVE WAVE(マイナス波動)ばかり投げ掛けてくる「訳知り顔の世間の連中」に対し、常に「そんなことないってば! 出来るってば!」のPOSITIVE ACTION(前向き行動)で前進し続けたThe BeatlesとJohn Lennonが、全世界の「前向きな若者」の代表として、世界中の「やっぱ、ダメ、だろうな・・・」とうなだれがちな人々に向けて訴えたメッセージソングが『All you need is love』だったはず・・・
 ・・・そう考えて、改めてこの曲の「一見、当たり前すぎて意味がない【truism】に見える歌詩の数々」をじっくり眺めているうちに、フッ!と、見えてきたのです、ジョンの言葉に込められた真のメッセージが!
●that which can’t be done:できっこない事
●that which can’t be sung:歌えない事
●that which can’t be made:作れない(or達成できない)事
●those who can’t be saved:救いようのない人々
●that which isn’t known:不可知の事
●that which isn’t shown:不可視の事
・・・そういう事って、どれもみな「ワケ知り顔のNEGATIVEな大人たち」が口にしそうなセリフばかりですよね?
・・・だけど、そういう事ってどれもみな、次の条件を満たした時点で、あっさりブチ壊せる「根拠のない思い込み」でしかないんです!
●I have done it!:自分、それ、やってのけたよ!
●I have sung it!:自分、それ、歌ったよ!
●I have made it!:自分、それ、モノにしたよ!
●I have saved them!:自分、彼らを救ったよ!
●I have known it!:自分、それ、知ってるよ!
●I have seen it!:自分、それ、見たよ!
 だからこそ、ジョン・レノンは、全世界で彼の歌を聴いてる四億人の人達に向かって、こう訴えかけていたんです!
There’s nothing (1){[which] you can do}(2){that can’t be done}
(1){君に出来る事}で(2){出来ない事}は何もない。
●君が実際何かを可能にした後で、「そんなの不可能!」と言うのはおかしい。
⇒ 「ムリ!」と最初から諦めてる連中に、「ムリじゃない!」ってことを君の行動で示してやれ。
There’s nothing (1){[which] you can sing}(2){that can’t be sung}
(1){君に歌える事}で(2){歌えない事}は何もない。
●君が実際それを歌った後で、「そんなの歌えっこない!」と言うのはおかしい。
⇒ 「歌えない!」と最初から諦めてる連中に、「歌えるよ!」ってことを君の歌声で示してやれ。
There’s nothing (1){[which] you can make}(2){that can’t be made}
(1){君に達成可能な事}で(2){達成不可能な事}は何もない。
●君が何かをモノにした後で、「モノにできるわけがない」と言うのはおかしい。
⇒ 「自分には手が届かない」と最初から諦めてる連中に、「ちゃんと手が届くよ!」ってことを君の手で示してやれ。
There’s no one (1){[whom] you can save}(2){that can’t be saved}
(1){君に救える人}で(2){救えない人}は誰もいない。
●君が誰かを救った後で、「あいつは救いようがないやつだ」と言うのはおかしい。
⇒ 「あんな連中を救おうとしてもムダ」と最初から見捨ててかかる連中に、「ちゃんと救える!」ってことを君の助けの手で示してやれ。
 そうした「不可能」を「可能」にすることが出来るのは、ビートルズみたいなスゴい連中だけ・・・そんな才能があるわけでもない普通の人間になんて、「無理ムリ、出来っこないに決まってる」・・・と、尻込みしたがるみんなに向けて、ジョンはさらにこう言うのです ―
It’s easy!
簡単なことさ!
All you need is love. All you need is love. All you need is love, love. Love is all you need.
君に必要なのは、愛、ただそれだけさ・・・愛すること、ただそれだけで「不可能」が「可能」になるのさ・・・君がしなけりゃいけないのはただ、愛すること、愛こそすべて・・・愛さえあれば他は何もいらないんだ。
 実際「愛さえあれば他には何もいらない」かどうかはわかりませんが、「love:愛」が「NEGATIVE(後ろ向き) ⇒ POSITIVE(前向き)」の転換を促す最も強力な刺激になることは間違いないでしょう。
 「love:愛」の定義は人の数ほど無数に存在しますが、この筆者(之人冗悟)の(ジョン・レノンに多分にインスパイアされた)「愛の定義」は、「LOVE is YES:愛とは”うん、そうだね!”と相手に向かって歩み寄ること」・・・その対極に位置するのが「HATE is NO:憎悪とは”いや、ダメだ!”と相手をはねのけ背を向けること」
 ・・・「無理ムリ、どうせ出来っこないから、やめておけ」の態度は、「NO!」であり「HATE」であり「I don’t love the idea.:そんな事、自分としては、考えたくもないね」であって、「I POSITIVELY HOPE you CAN’T do it!:オマエがそれを出来ないことを、自分は積極的に願うね!」という呪いに他ならないのです。
 ・・・ジョンは、そういう「他者に向かって、どうせ無理、出来っこない、出来たりしたら自分が間違っていたことになるから、どうか必ず失敗してくれ!と呪うようなネガティブな態度」の人々のセリフを各歌詩の後半に織り込みつつ、その否定と冷笑の呪いを跳ね返すための条件となる「やってみたら、出来たよ!」の数々を各台詞の前半に配置して、「だから、みんな、チャレンジしてみようよ、やってみなけりゃ、出来るか出来ないかなんて、わからないだろ?」と訴えているのです。
 ただし、ジョン・レノンは「君なら出来る!やってみろ!」なんて無責任な空念仏は唱えていません。
●君がやってみて出来た事なら、「出来っこない」とは言えないよね
●君が知り得た事ならば、「わかりっこない」とは言えないよね
といった逆説的な言い回しを用いて、「最初からダメと決めてかかってる連中を、君の行動で、見返してやりたいとは思わないか?」と誘いかけているだけです。
 「頑張れば、きっと夢は叶う!」みたいな何の根拠も責任も重みもないキレイゴトなんて、ジョン・レノンは決して唱えたりしないのです。
 ビートルズから離れた「ソロアーティストとしてのJohn Lennon」のメッセージソングとして有名な『Give peace a chance』(1969)だって、日本語訳の「平和を我等に」は完全にマチガイです ― だってジョンは「Give a chance to peace, not just to war:”戦争”ばかりじゃなく、”平和”にだって、機会を与えておくれよ・・・みんなで望めば、平和、不可能とは言えないだろ?」と言っているだけなのですから・・・「Give us peace!:我々に平和をください!」なんて、ジョンは一言も言っていないのです。「平和が実現するとしたら、それは、神様とか政治家とかが恵んでくれたからではなく、大勢の人々が心底それを願って行動したからだ・・・”平和をくれ!”はおかしいだろ? ”戦争はもうやめようよ!”から始めるのが当然だろ? ”どうやったら戦争をやめられるか?”をみんなで必死に考えて、行動して、それで実際終戦まで持って行けたら、嬉しいとは思わないか?」・・・それが、1969年当時泥沼化していたベトナム戦争に対するジョンのメッセージ。
 ・・・「他力本願」じゃなく「自ら誰かに向かって歩み寄る」ところから得られる何かを求めるその態度の、その根っこの部分にあるものが
●「LOVE:愛する気持ち」
= 「”NO!”と言って背を向けることなく、”YES!”で前向きに歩み出す心持ち」・・・
 ・・・といった感じの『All you need is love:愛こそはすべて』の歌詩のナゾ解き、楽しんでいただけたでしょうか?・・・べつに楽しくなかったとしても、その謎解き過程で御紹介した例の「二重制限関係代名詞節の”禁断の逆順解釈”」の結果出来上がった「トンデモNEGATIVEな和訳」の数々、あのジョンの本意から懸け離れた無茶苦茶な日本語を見れば
 「二重制限関係代名詞」は必ず「先行詞」に近い方から順繰りに解釈しないと、ロクでもない誤訳に陥る!
という文法的メッセージだけは、強烈に、皆さんに伝わったものと思います。
 ・・・最後に、上では紹介しなかったその他の歌詩の「二重制限関係代名詞」の訳出の仕方も、以下に掲げておきますので、興味のある人は参照してみてください。
[There’s] nothing
(1){[that] you can say}
(2){but you can learn how to play the game}
={about which(=where) you can’t learn how to play the game}
君が口に出して言えるもので、ゲームの演じ方の学びようがないものは何もない
⇒ 君がそれを明快な言葉で語った後で、「何がなんだかワケがわからない」と言うのはおかしい。
●「得体の知れないゲーム」と敬遠してる連中に、「これはこうやってプレイするんだよ!」って見本を君が示してやれ。
[There’s] nothing
(1){[that] you can do}
(2){but you can learn how to be in time}
= {in which(=where) you can’t learn how to be in time}
君が出来る事で、「時間をかければどうにかなるってものでもない」なんてものは何もない
⇒ 君が何かを成し遂げた後で、「いくらやってもムダ」と言うのはおかしい。
●「どうせダメ、時間のムダ!」と投げ出す連中に、「ちゃんと出来る!」ってことを君の成果で示してやれ。
 上の2例に於ける【but】は、単なる「しかし~だ」の「逆接の接続詞」ではなく、「not ~」の意味を含んで文意を「肯定⇒否定」へと逆転させる特殊な働きをしている点に要注意。
There’s nowhere
(1){[that] you can be}
(2){that isn’t where you’re meant to be}
君が身を置くことができる場所で、君が本来存在すべきでない場所は何もない
⇒ 君が居られる場所ならば、そこはもはや「場違い」ではない。
●「そこは君の居場所じゃない」と言う連中に、「いや、こここそ自分の居場所だ!」ってことを君の存在で示してやれ。
 ・・・一見「ひどくNEGATIVE」に見える言い回しの中に、実は「とてつもなくPOSITIVE」なメッセージを込めたThe Beatles(John Lennon作)の『All you need is love:愛こそはすべて』・・・全世界に向けたメッセージソングでありながらもこの難解さ・・・「俺達の音楽を理解してるやつなんて全世界に100人ぐらいしかいない」と豪語したジョンの真骨頂と言えるこの快作(あるいは怪作?)の全容を解き明かしたところで、「関係詞と挿入」&「関係詞の二重制限」というこれまた(一部)難解極まる英文法テーマの解説も、これにて、おしまい(・・・ご静聴、ありがとうございました・・・)。

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・・・引用元:
<英語構文中核編:
English Sentence Structure: ESSENTIAL(ESSE)>

    

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