31短歌20)「女」であること以外の何か ― 「小町との出会い」を受けての、さやかの決意

20)(月の明き夜、人を待ちて)

ことならばやみにぞあらましあきのよのなぞつきかげのひとだのめなる

「同ならば闇にぞあらまし秋の夜の何ぞ月影の人頼めなる」

よみ人しらず

♪(吟)♪

★「女」であること以外の何か ― 「小町との出会い」を受けての、さやかの決意★

冗悟:こんにちは、さやかさん。「小町歌」楽しんでもらえたかな?(第十九話参照)

さやか:はい。リストをいただいた夜、一気に読み通させてもらいました。

冗悟:一晩でイッキ読み?

さやか:はい。夜通し朝まで。

冗悟:うぅーん・・・若者と美女は行く手にあるもの全てを貪り尽くす、か。

さやか:あっさりむさぼり尽くしてごめんなさい。準備するの大変だったはずなのに。

冗悟:全然大変じゃないよ、情熱一杯注いだってだけで。その情熱も十分報われたね、一晩中熱中して読んでくれたなんて・・・楽しんでくれて、ありがとう、さやかさん。

さやか:(…)冗 悟 サ ン っ!

冗悟:何?

さやか:わたし、決めました、あの小町歌読んだ後で。

冗悟:へぇ、そうなの?

さやか:はい。なに決めたか、わかります?

冗悟:「尼寺へ行け」?

さやか:はぃ?

冗悟:ハムレットが恋人のオフィーリアに言った台詞さ ― 「君は尼寺へ行くとよい」 ― もちろん、君は行くべきじゃないけどね、さやかさん。

さやか:なら、どうしてそれわたしに言うんですか?

冗悟:小町歌に「あま(尼=俗世を捨てた女性/海人=漁師)」があんまりたくさん出てきたからかな。

さやか:さやかがまじめなお話しようとすると、冗悟サンやたらふざけ出す気がするのはなぜ?

冗悟:君がかわいい驚きで俺の意表を突くからさ。俺はジョークで準備体操してるだけ・・・今日はどんなふうに参らせてくれるか、楽しみだよ。

さやか:わたし、尼にはなりません。

冗悟:あぁ、もちろん。君は尼になるには若すぎるし美しすぎる。

さやか:たとえ若くも美しくもなくても、わたし、尼にはなりません。

冗悟:ぅ・・・そ、そうだね、別に尼になる必要なんてないね、まったく・・・で、君、何になるの?

さやか:当ててください、わたし、何になるか、冗悟サン。

冗悟:うーん・・・君は・・・今よりもっと魅力的になる。

さやか:いつ? 二十歳で? 三十で? あなたと同い年で?

冗悟:ぁー・・・

さやか:わたしが四十になったら、今日のわたしよりもっと魅力的になる、って思いますか?

冗悟:うーん・・・

さやか:わたしとお話してて楽しいのは、わたしが17歳で、冗悟サンの目には若くて美しく見えるから?

冗悟:いやちがう・・・ぁ、つまり、君は確かに若いしとっても美人だよ、でもそれは、君とのこの会話が楽しい本当の理由じゃない。それは君にもわかってるはずだけど。

さやか:はい。でも、わたしがもう若くなくなっちゃった時、冗悟サン、それでもまだわたしと一緒にお話したいって思いますか?

冗悟:「When I’m sixty-four(わたしが64歳になったなら)」か・・・「Tomorrow never knows(明日のことはわからない)」だなぁ・・・

さやか:なにそれ、わけわかんない、文法的にも狂ってるし。またジョークですか?

冗悟:いや、ただ俺「FAB-FOUR(the FABulous FOUR = The Beatles:ファブ・フォー=ザ・ビートルズ)」のファンだからさ、特に「Ringo’s lingo(リンゴ・スターのちんぷん語録)」、彼の愉快な言い間違いの大ファン(Ringo Starrはヘンテコ語発明の名人)。

さやか:煙に巻こうとするのはやめてください、冗悟サン、わたしが若くなくなっても捨てないで、ってお願いしてる時に。

冗悟:ごめんよ。君がそんなこと俺にお願いしてくるなんて予想外だったからさ。

さやか:あ、ごめんなさい、わたし、年取った後もいつもずっとわたしと一緒にいて、なんておねだりしてるわけじゃないんです。ただ、もう若くなくなった途端に男の人の目から見たらいきなり魅力的じゃなくなっちゃっちゃうなんて、それって悲しすぎる、って言いたかっただけなんです・・・でも、それが悲しい現実なんですよね? ― 女は、とうがたつと、男の目にはもう魅力的に映らない ― 否定できます、冗悟サン?

冗悟:いや。

さやか:だから、わたし、決めたんです ― わたし、あなたみたいになります、冗悟サン!

冗悟:俺みたいに?

さやか:はい! わたし、「年齢」も「時間」も越えた存在になります、冗悟サンみたいに。

冗悟:ごめん、さやかさん、話がよく見えないんだけど・・・

さやか:冗悟サンがわたしの目にこんなに魅力的に映るのは何故? 若くて美男子だから?

冗悟:違うと思う。

さやか:そう、違うわ、実際の冗悟サンは若くもないしちっとも美男じゃない。けどそんなのわたしにはどうでもいいの。

冗悟:ぁぁ・・・そりゃどうも・・・

さやか:冗悟サンはわたしに、年齢も、外見も、性別さえもまるで感じさせない。それはわたしが、そういう外面的印象とは違う何か、その内面の中心核から湧き出てくるものに、もっとずっと深くかれてるから。だからこそわたし、冗悟サンとお話するの大好きなんです。

冗悟:君にそう言ってもらえて、嬉しいよ。

さやか:さぁ、今度は冗悟サンの番・・・正直に言ってください ― 同じこと、わたしに対して感じますか? わたしの外面的印象以外の何か、わたしの内面から湧き出る何かに、冗悟サン、かれてますか? それともわたしの・・・女の子っぽい魅力のほうにもっと強くかれてますか?

冗悟:正直に言うと、君の女の子っぽい魅力はあまりに圧倒的すぎて、君のそのチャーミングな性格も鋭い知性も時にはかすんじゃうほどだよ・・・君のその女性としての魅力の前には、ね。でも、もし君がただ若くて美しいだけの女性だったら、その脳味噌にもハートにも取り立てて何も俺の興味引くものがなかったら、君との会話に俺がこんなにも入れ込んじゃうこともないと思うよ。

さやか:ありがとうございます、冗悟サン、とっても正直で優しい言い方してくれて。でも、それと同じこと、わたしが三十・四十・五十になってからも、言ってくれます?

冗悟:約束してあげたいけど、君の前で正直じゃないこと言うのも気が引けるな。

さやか:わたしなら同じこと正直に約束できますよ、冗悟サン、たとえ今から十年後でも。それは、あなたの魅力が外面じゃなく内面から湧き出るものだからです・・・わたしもそうなりたいんです、冗悟サン。自分の内面の性格と知性を思い切り磨いて、年齢も、外見も、性別も、外面的なものなんて何一つ関係ない、わたしの内面から湧き出してくるものにくらべれば、って、そんなふうになりたいんです・・・なれると思いますか、冗悟サン?

冗悟:うーん・・・

さやか:正直に言ってください。

冗悟:正直に言えば、君の場合、それはとても、と~っても難しいと思うよ、さやかさん。

さやか:わたしは冗悟サンみたいにはなれない、って思います?

冗悟:君が内面の魅力を磨き上げた結果、四十になっても五十になっても誰もがそれに魅了される、ってのはあり得ると思う・・・けど・・・

さやか:けど・・・?

冗悟:君が十代・二十代・・・ひょっとすれば三十路を優に越した後も、君の外面的魅力が内面的中心核の前に影が薄れちゃう、なんてことはあり得ないと思うよ ― 君はとにかく美しすぎて、「女性」として魅力的すぎるから。

さやか:それってお世辞ですか?

冗悟:本当の事を言ってるだけさ、単純な男の目に映る単純な真実をね ― 男たちは、君の美しさに単純に魅了されるだけ・・・君がその内面もいかにチャーミングな女性だったかに気付くのはその後の話さ。美しさは君の大きな強みなんだから、嫌がる必要なんて全然ないよ。その外面の美と同様、内面の魅力も磨けばいい、ただそれだけの話だよ。それとも、君の内面の魅力と同じくらいその外面に俺がかれてる、なんて言ったら、君は俺を嫌いになるかい?

さやか:(…)わたし、内面的中心核の磁力だけで冗悟サンをき付けられるようになりたいです・・・いつの日か。

冗悟:いつの日か、ね。その時まで俺も、ずっと生きていたいね、君にとって魅力的な存在のままで。

さやか:わたしがもっと内面的に魅力的になれるように、お手伝いしてくれますか?

冗悟:もちろん。

さやか:わたしが28とかになっても?

冗悟:おっとっと、女性が外面的に魅力的でなくなる年齢、今の君の若い目で見た特定の年齢には、触れずにおこうね ― もしさやかさんが本当に「冗悟サンみたいに年齢も時間も超越したい」と思ってるなら・・・いいね?

さやか:はい。

冗悟:さぁてと、ぼちぼち今日の短歌のほうのお話、始めてもいい頃合いじゃないかな?

さやか:その前に、「小町歌」ぜんぶ読んだ後のわたしの感想、聞きたくありません?

冗悟:おぉ、レポート用意してくれたんだ、さやかさん?

さやか:はい、口答で。

冗悟:オッケー、それじゃ君の印象を聞かせてくれる? 「小野小町」は実在したと思う?

さやか:日本人のイメージの中には実在します。現実には存在しません。

冗悟:そう思う理由は?

さやか:あの28の短歌ぜーんぶ一気に読み通したわたし個人の体験からそう思います。あれって、同じ一人の歌人が作ったものには思えないから。その多くは「女性」の手で作られたものとすら思えなかったし。冗悟サンも指摘した通り、あれって何人かの別々の詩人たち、たいていは男の歌人たちの手で、何らかのストーリーボード(物語の場面展開を順繰りに図柄で示したもの)に従って作られたものだと思います。「小野小町」は、男性の目から見た美しい女性の・・・「若い頃にあまりにも美人で有名すぎたせいで不幸になっちゃった美女」の・・・イメージ通りに作り上げられた架空の存在だと思います。現実の女性自身の口から語られた物語にしてはあまりにも悲劇的すぎます。あんな悲劇を平気でこしらえることができるのは、女性の運命に対して残酷で皮肉な態度を取る男だけ・・・その悲劇が、小町の残酷なまでに不毛な運命が、そして彼女をえた男たちの愛情の移ろいやすさが、わたしに決心させたんです ― わたしは決して彼女みたいにはならない、わたしは冗悟サンみたいに年齢も時間も超越した存在になるんだ、って!

冗悟:今回は、俺、君にずいぶんと大きな影響与えちゃったみたいだね。

さやか:今回だけじゃないですよ! 冗悟サンは逢うたびに必ず何か新しい真実へとわたしの目を開かせてくれるんだから。だからわたし、冗悟サンと一緒にいるの大好き。

冗悟:君もまた、どんな不都合な真実にも臆せず真正面から向き合ってくれるしね。だから俺も君のことが大好きだよ、さやかさん。

さやか:でも、不思議ですね・・・どうして日本人は「小野小町」が実在したなんて信じてるのかしら・・・実際にはあの短歌群がはっきりとその実在を否定してるのに。

冗悟:うぅーん・・・それはいい質問だね。まず君自身への問いかけから始めるといい ― 君自身は「小野小町」が実在すると信じてたかな、それとも信じてなかったかな、あの28の短歌を読む前の時点では?

さやか:わたしは・・・よくわかりません。「小野小町」というのは現実よりむしろ虚構の世界の人なんだ、みたいな話、聞いたことはあったけど、あれ全部読むまでは、実際なんだかよくわかりませんでした。

冗悟:というよりむしろ、「小野小町」が実在しようがするまいが、そんなこと実は君にとってはどうでもよかった、ってのが実情なんじゃない?

さやか:かもしれません。

冗悟:どうでもよくない人達がいるとすれば、それは唯一、もし「小野小町」の実在が否定されたら何かと困る立場に追いやられる人達だけだよ、例えば「小野小町生誕の地」を自称する日本のあちこちの小さな村で観光業を営んでる人達とかね。

さやか:たぶんそうなんだと思います。それ以外の人たちにとってはただもうどうでもいい話。

冗悟:それに、他の人達にはあの28編の詩を一気にまとめ読みする機会もないわけだからね。

さやか:ぁ、ほんとだ!

冗悟:他の連中が知りもせず、気にもかけない、ともなれば、ゲームのルールを書くのは、そして都合のいいように書き換えるのは、ただひたすらにそのゲームで絶対負けを引くつもりがないプレイヤーたち、連中の裁量権で全てが動くのさ。連中がそんな好き放題できるのは、部外者が誰一人そのゲームに真剣に入れ込んでないからさ。そういう中から、全く何の根拠もない誤った思い込みが生まれ、はびこった末に、ある日それがとんでもない間違いだったと判明して、で見る者たちをびっくりさせるわけさ。そういう何の根拠もないでたらめな思い込みってやつは、それを間違いだと証明するのが実に困難でね、何たってそういう無根拠な思い込みは、それを信じる連中にとっては「最も神聖にしてすべからざる真実」なんだし、一般大衆の側では何の興味関心も持ってないしね。部外者がみんな揃いもそろって無知・無関心ともなれば、関連する当事者はみな揃いもそろって全員がその「誤った思い込みの信者」ってことになる。そんな思い込みの誤りを証明する作業なんて、最初から負け戦に決まってるんだよ。

さやか:でも、わたしは「真実」の側に味方したいです。冗悟サンだってそう思うでしょ?

冗悟:うーん・・・わからないな。俺は別に「真実の絶対善」ってやつの信者じゃないし。「事実」は誰にとっても大事なことだけど、「真実」だの「誤った思い込み」だのは誰にとってもどうでもいいことが多いものさ。「ユーロ」や「ビットコイン」が本当に「ドル」や「」と交換可能かかは世界中の誰にとっても大事なことだけど、あの28の短歌が本当に「小野小町」の手で書かれたものかかなんて、世界中の誰にとっても実際どうでもいいことなんだよ。

さやか:冗悟とさやか以外にとっては、でしょ。

冗悟:あぁ、あれは君と俺だけの「真実」。俺たち二人にとってのみ重要なこと ― 俺たちの個人的「真実」って呼ぶことにしようか。

さやか:ということはわたしたち、そういう純粋に個人的な秘密を分かち合うほんとうのパートナー、ってことですね。

冗悟:あぁ・・・別に秘密にする必要もないけどね。

さやか:わたしは誰にも教えたくないなー、さやかと冗悟サンだけのヒミツにしておきたい。

冗悟:どうして?

さやか:そのほうが楽しいから!

冗悟:何で?

さやか:ファンが増えたら、冗悟サンとの会話の楽しみが減っちゃう。

冗悟:変な理屈だな。

さやか:「女の論理」って呼んでもいいわょ。

冗悟:あれ、君、「女」は嫌で、「冗悟サン」になるんじゃなかったっけ?

さやか:女はイヤだけど、それでもわたしは女なんです・・・わたしが男に見えます?

冗悟:いや、君は完璧にキュートなうら若き乙女だよ・・・時々俺に見せてくれるその内面を除けば、ね。

さやか:この先もっともっといっぱい見せてあげますから、期待しててくださいね、冗悟サン。

冗悟:あぁ、待ち遠しいね・・・おっと、思い出した ― 今日の短歌の話、まだ始まってもいないんだった。このまま続ける? それとも、短歌の話は次回に回す?

さやか:続けましょ。

冗悟:いい子だ・・・さて、今回の短歌には落とし穴がいくつかあって、君もきっとハマっちゃうんじゃないかって思うんだけど・・・違うかな?

さやか:「ことならば」と「ひとだのめ」のこと言ってるんですね。

冗悟:そう。ちゃんと解釈できる?

さやか:わたしのこと転ばせたいんなら、ご親切に振ってくれた漢字は消しとかないとダメですよ。全部ひらがなで「ことならば」って書かれたらわたしきっとこれ「異ならば」だって誤解しちゃってたはずだけど、「同ならば」って書いてくれたおかげで、これって「同じことなら」とか「どうせなら」に違いない、ってわかっちゃったもん・・・違ってます?

冗悟:正解、いつもながら君は賢いね。じゃ、「人頼め」のほうはどう?

さやか:そちらについてはわたしの手には余るので、わたしが心底信頼している人に頼ることにします ― 「人頼め」って、何ですか、冗悟サン?

冗悟:うーん・・・それって「人頼<み>」だね、さやかさん・・・いま問題の語は「人頼<め>」なんだけど ― 両者の違い、わかるかな?

さやか:「人頼み」の語尾は・・・連用形?

冗悟:正解。じゃ「人頼め」は?

さやか:これは・・・已然形?

冗悟:ちょっと違うかな。

さやか:それじゃぁ・・・命令形ですか?

冗悟:正解。

さやか:ヘンなの・・・これ命令文なんですか? 「誰」が「誰」に「何」しろって命令してるんですか?

冗悟:それが次の、そしておそらく最後の質問だね。状況を考えてごらん ― この短歌を作ったのは誰かな ― 「男」かな「女」かな?

さやか:「女性」です。

冗悟:どうしてそう思う?

さやか:詞書があるから ― 「月の明き夜、人を待ちて」(ある夜、月が明るい時に、誰かが来るのを待ちながら) ― 夜空の明るいお月様に導かれて、恋人が来てくれるのを、一人の女性がお部屋の中で待ってるんです。

冗悟:よくできました! で、「彼」はもう到着したかな?

さやか:いいえ、彼女、まだ待ち続けてます。

冗悟:彼はもうじき来そうかな?

さやか:うーん・・・この詩からでは、なんとも言えません。

冗悟:オッケー、それじゃ「ならば闇にぞあらまし」って、どう訳す?

さやか:「他の条件が同じなら、真っ暗になるだろう」・・・合ってます?

冗悟:残念ながら、違ってる。

さやか:わかりました、じゃこれは? ― 「どちらかと言えば、真っ暗なほうがいい。今夜は月明かりなしの暗闇のほうがいい」・・・合ってます?

冗悟:よくできました。さて、お次の質問はこれだ ― 彼女、どうして今夜は暗闇であってほしいのかな、実際には月が明るく輝いてるわけだけど。

さやか:うーん・・・誰かから隠れたがってるとか?

冗悟:ストーカーとか借金取りとか?

さやか:あきらかに違いますね・・・

冗悟:オッケー、じゃ、そろそろ懸案の質問に戻ろうか ― 「人頼め」 ― 「誰」が「誰」に「何」をしろって命令してるのかな?・・・主語は「誰」にしようか? あるいは目的語の「誰」って、誰かわかる?

さやか:うーん・・・それってたぶん「月」か「彼」だと思うんですけど。

冗悟:あるいは多分「我」とか、かな?

さやか:たぶん・・・

冗悟:オッケー、それじゃ今度は、この短歌の詠み手の立場に身を置いてごらん ― 一人の女性が自分の部屋で、恋人の到来を待っている・・・いい?

さやか:はい。

冗悟:さて、君が待ってるこの男はまだ来ていない。ともなれば、今、君は何を望んでるかな?

さやか:彼が早く来てくれますように。

冗悟:そう、当然そうなるよね。でももし、不幸にして、彼が全然来てくれなかったら、その場合、君はどう感じる?

さやか:すごく悲しくて、腹立つと思います ― 「来る」って約束しておいてわたしに期待させて待たせておきながら、結局最後には(わたしのこともう愛してないんじゃないかしら)って感じさせて終わりなんて、ひどすぎる!

冗悟:うん、君としてはそう感じて当然だよね・・・もし彼が実際そうした約束をしていたとすれば。

さやか:えっ、って言うことは、彼、実際には彼女に「来るよ」って約束してないんですか?

冗悟:たぶんね。

さやか:なら、彼女はどうして彼が来るのを待ってるんですか、彼の方では来るなんて約束してないのに?

冗悟:理由は・・・彼が来るかもしれない、って彼女に期待を抱かせる何かがあったからさ・・・さぁ、最後の質問だ ― 彼女に期待を抱かせたものは、何か?

さやか:夜空の明るいお月さま!

冗悟:そうだ。さぁ、これで手駒は全て揃った・・・質問に答えて ― 「誰」が「誰」に「何」をしろと命令してる?

さやか:「夜空の明るいお月さま」が「彼女」に「彼が会いに来てくれるかもと期待しなさい」って命令してる・・・実際には彼はそんな約束なんてしてないのに。

冗悟:それが「人頼め」の論理さ、わかったかい?

さやか:ほんとややこしい語ですね。

冗悟:ほんとにね・・・さてと、全てのパズルが本当に解けたかどうか、確認してみよう。この短歌丸ごと全部、俺に代わって現代語訳してくれるかな、さやかさん?

さやか:できれば今夜は暗闇であってほしい。どうしてお月さまはこんなに明るいの? 「彼、来るかも」なんて私に期待を抱かせるの?・・・彼、「来る」なんて約束もしてないのに・・・だからわたし、こうして待ってるの、待っても無駄だって知ってるくせに・・・みんなあなたが悪いのよ、この意地悪な明るいお月さま!

冗悟:完璧だね! 特に「この意地悪な明るいお月さま」の部分はとってもいいよ! 明るいお月さまは、恋人と一緒にいる女性にとっては恵みだけど、一人ぼっちの時には意地悪なんだ。この平安調短歌の伝統あるテーマ、これでもう君は飼い慣らしたわけだ。

さやか:「月」を飼い慣らすのって、すごく大変。とりわけ、ヒントが意地悪な時には。

冗悟:あれ、俺のヒントでこんがらがっちゃったかな?

さやか:いいえ、冗悟サンは完璧にわたしのこと助けてくれましたよ、いつも通り。だけどこの短歌の「詞書」ってほんと意地悪 ― 「人を待ちて」なんて言うんだもん。どうせ書くなら「人を恋ひて」にしてほしい、って思いません?

冗悟:君がそう思うのも当然かもね。でも、女が本当に恋してる時には、ただ男のことを恋い焦がれてるだけじゃ飽き足りないものなんだよ。「彼が私を愛しに来てくれる」って、願って、期待して、そして当然のごとく要求するようになるんだなぁ、口約束があろうとなかろうと・・・だってお空の上ではお月さまがあんなに明るく照ってるんだから・・・それが「女の論理」・・・違うかな?

さやか:わかりません。わたし、その意味ではまだ「女」じゃないから。

冗悟:「女」になるまでの道のりには、まだまだずいぶん多くのびっくりするような発見が待ち構えていそうだね、さやかさん。

さやか:さやかは「冗悟サン」になるって決めたの、覚えてます?

冗悟:覚えておくことにするよ・・・さてと、お喋りできて楽しかったよ、というか、君の決意表明聞くのはとっても楽しかったよ、さやかさん。これからもお月さまみたいに俺のこと楽しませてね、いたずらで美しい明るく輝く頭上の存在として。

さやか:これからもわたしのこと啓発の光で照らし続けてくださいね、冗悟サン、道中間違いなく導いてくれる北極星みたいに・・・今日はまたまたわたしのヘンテコな独り言に付き合ってくれて、ありがとうございます。次回はもっとお行儀良くしようと思います。

冗悟:御行儀なんて気にしなくていいよ。君はただ「自分らしく」してればそれでいい、俺の前ではね。

さやか:はい、そうします!

冗悟:オッケー、それじゃ今日はこれまで。じゃまたね。

さやか:また、すぐに。


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20)(月の明き夜、人を待ちて)

ことならばやみにぞあらましあきのよのなぞつきかげのひとだのめなる

「同ならば闇にぞあらまし秋の夜の何ぞ月影の人頼めなる」

『拾遺集』恋・七九六・よみ人しらず

(夜空に月が煌々と照る夜、人待ち顔で詠んだ歌)

『どうせなら真っ暗闇だったらいいのに、そうしたら「こんな闇夜じゃ、来ようと思っても、無理ね」と諦めがつくはずなのに・・・どうしてこんなに明るく照るのかしら、このお月さま・・・「これほど月明かりの冴えた晩なら、恋人を訪れずにはいられない(はず)」と私に期待させておいて、結局なんにも起こらない・・・そんな残酷な結末、どうしても見たいというの?・・・あぁ何て意地悪な、思わせぶりな、この秋の夜の月。』

(waiting for someone to come at night when the moon is bright in the sky)

A night spent alone is already too bleak to bear.

He won’t come, I know… but what if he did tonight?

If it was totally dark, as dark as my heart was the sky,

No hope would I then get… without this autumnal moon!

こと【同】〔副〕<ADVERB:the same>

なり【なり】〔助動ナリ型〕断定(なら=未然形)<VERB:be>

ば【ば】〔接助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(CONDITION):if, in case>

…if anything [now that the man seems never to come]

やみ【闇】〔名〕<NOUN(ADJECTIVE):dark, moonless>

なり【なり】〔助動ナリ型〕断定(に=連用形)<VERB:be>

ぞ【ぞ】〔係助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(EMPHATIC)>

あり【有り】〔補動ラ変〕(あら=未然形)<VERB:be>

まし【まし】〔助動特殊型〕推量(まし=連体形)<AUXILIARY VERB(SUBJUNCTIVE):I wish, o that>

…I’d rather it was a night with no moonlight at all [to show him the way to my house]

あき【秋】〔名〕<NOUN:Autumn>

の【の】〔格助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(POSSESSIVE):’s, of, belonging to>

よ【夜】〔名〕<NOUN:the night>

の【の】〔格助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(POSSESSIVE):’s, of, belonging to>

…on this autumnal evening

なぞ【何ぞ】〔副〕<ADVERB:why>

つきかげ【月影】〔名〕<NOUN:moonlight>

の【の】〔格助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(SUBJECT)>

ひとだのめ【人頼め】〔形動ナリ〕(ひとだのめなる=連体形係り結び)<ADJECTIVE:promising>

…why is it that the moon shines so gentle and bright as to make me hopeful [that he might feel inclined to pay me a nightly visit]

《koto nara ba yami ni zo ara mashi aki no yo no nazo tsukikage no hitodanome naru》


■月と雨 ― 恵みか、災いか?■

 恋人どうしの上に照る時は「恵みの月」が、一人ぼっちの女性の上には「意地悪」に感じられる理由は、現代読者にはなかなかわかり辛い・・・エジソンが電球を発明して現代の夜から真っ暗闇を奪い去って以来、「月」は夜道の誘導灯の主役の座を追われてしまったからである。だが、自然界には、愛し合う男と女の逢瀬を邪魔する意地悪な障害物の座をいまだに譲らない存在が一つある ― 「雨」だ。

 「雨」は男の来訪を妨害する。あるいは「女のところへ行こうかな」という気分そのものを邪魔する。たとえ「来る」と約束していた男が来なくとも、土砂降りの雨ともなれば「仕方ないわね」と、女としては受け入れざるを得ない。待つ身の女にとって、雨は最悪の敵なのだ。外が雨なら、女の心も湿っぽくなり、悲しみの涙に袖も濡れる。雨が来そうな黒い雲は、恋する女の心をも曇らせる。

 以下に示すのは、そうした「意地悪な雨」を愛情たっぷりに逆手に取った『伊勢物語』のお話である:

(・・・現代語訳・・・)『伊勢物語』一〇七「身を知る雨(愛の深さを測る雨)」

 その昔、高貴な血筋の一人の男がいた。名を在原業平(ありわらのなりひら)という。彼の屋敷の中で奉公している一人の女性がいて、彼女に、朝廷に秘書官として勤務する藤原敏行(ふじわらのとしゆき)が恋文を送るようになった。しかし彼女はまだ幼すぎて、じゅうぶん大人っぽい文章も書けなければ、気の利いた表現も知らず、ましてや美しい短歌を詠むことなどできなかった。そこで、彼女の主人格にあたる業平が、彼女に代わって下書きを作った上で、これを写して敏行に送らせた。そのように美しい返事をもらった男(=敏行)は、それはもう狂喜乱舞した。有頂天になった敏行は次のような短歌を作って彼女への返答として送った:

《つれづれのながめにまさるなみだがは そでのみひぢてあふよしもなし》 徒然の長雨に増さる涙川 袖のみ濡れて逢ふ由もなし(何をするともなく漫然と、外で降り続く長い雨を眺めてぼうっとしています。私の着物の袖は、屋内にいるにもかかわらず、びしょ濡れです。この雨のせいで愛しいあなたにお逢いできない悲しみの「涙川」が、私の袖を濡らしているのです)

 この短歌への返答として、例の黒幕(=業平)は、女性に代わって次のような歌を作った:

《あさみこそそではひづらめなみだがは みさへながるときかばたのまむ》 浅みこそ袖は沾つらめ涙川 身さへ流ると聞かば頼まむ(「涙の川」に袖が濡れるのは、川の浅瀬に限ってのこと。あなたの私への愛情は、そんなに浅いものだったのですか。「あふれかえる涙の洪水に身体ごと流されてしまいました」と聞かされたなら、あなたの愛の深さを確信して、頼みにしてもいい、とも思えるんでしょうけど)

 敏行はこの詩にそれはもう深く感動して、今日に至るまでその詩を宝箱に入れて大事に取ってある、という噂である。

 ある日、敏行は彼女に手紙を出した ― 彼がすでにもう彼女と肉体関係を結んで後のことである ― その手紙の内容は、次のようなものだった:

『空は曇って今にも雨が降り出しそうです。私の心もどんよりしています。もし私が幸いな身なら、もしあなたが心の底から私を愛してくれているなら、その場合、雨は決して降るまい、あなたのお部屋を訪ねようとする私を邪魔するまい、とそう思う私なのですが・・・今の私の心の緊迫状態、どうぞお察し下さい。』

 この手紙を受け取って、例の女性の背後の黒幕(=業平)は彼女に代わって短歌を作り、敏行に送らせた:

《かずかずにおもひおもはずとひがたみ みをしるあめはふりぞまされる》 数々に思ひ思はず問ひ難み 身を知る雨は降りぞ増される(「私のこと、本当に深く愛してくれてます?」などとあなたに直接お尋ねすることもできない私は、「愛してくれていれば雨は降らないから、あの人はきっと訪ねて来る」/「愛されていないなら雨降りで、あの人は私のことなど忘れてしまう」と、空模様であなたの気持ちを占っています・・・けど、今、私は知りました、愛されていない自分の悲しい境遇を・・・外は雨、それもますます、ひどい雨 ― 私のこと、もう、愛してくれて、いないんですね)

 ・・・例の男(=敏行)はどうしたか? 土砂降りの雨の中、彼は大慌てで飛んで来た ― 傘もささず、蓑笠もまとわず、雨にも消えぬ恋心を燃え上がらせて、一目散に女のもとへ。

(・・・以下、原文・・・)『伊勢物語』一〇七段「身をしる雨」

 昔、あてなる男ありけり。その男のもとなりける人を、内記にありける藤原敏行といふ人よばひけり。されど若ければ、文もをさをさしからず、ことばもいひしらず、いはむや歌はよまざりければ、かのあるじなる人、案を書きて、かかせてやりけり。めでまどひにけり。さて男のよめる。

  つれづれのながめにまさる涙河袖のみひぢてあふよしもなし

返し、例の、男、女にかはりて、

  あさみこそ袖はひづらめ涙河身さへながると聞かば頼まむ

といへりければ、男いといたうめでて、今まで、巻きて文箱に入れてありとなむいふなる。

 男、文おこせたり。得てのちのことなりけり。「雨の降りぬべきになむ見わづらひはべる。身さいはひあらば、この雨は降らじ」といへりければ、例の、男、女にかはりてよみてやらす。

  かずかずに思ひ思はず問ひがたみ身をしる雨は降りぞまされる

とよみてやれりければ、も笠もとりあへで、しとどに濡れてまどひ来にけり。

「英語を話せる自分自身」を自らの内に持つということは、「さやかさん/冗悟サン」みたいな会話相手が隣にいるみたいなもの。
実際の会話相手の提供はしませんが、「さやかさん/冗悟サン」との知的にソソられる会話が出来るようにはしてあげますよ(・・・それってかなりの事じゃ、ありません?)
===!御注意!===
現時点では、合同会社ズバライエのWEB授業は、日本語で行なう日本の学生さん専用です(・・・英語圏の人たちにはゴメンナサイ)