31短歌06)年月と老齢の、詩と人への影響 ― さやか、「老いへの理解」で大人になる

6)(三月盡の心をよめる)

いくかへりけふにわがみのあひぬらむをしむははるのすぐるのみかは

「幾返り今日に我が身の会ひぬらむ惜しむは春の過ぐるのみかは」

藤原定成(ふぢはらのさだなり)

♪(吟)♪

★年月と老齢の、詩と人への影響 ― さやか、「老いへの理解」で大人になる★

さやか:おもしろい。この短歌、疑問文で終わってる。こんな短歌、今まで出逢ったことないわ・・・これって珍しいことですか、それともこういう疑問文型短歌って、たくさんあるんですか?

冗悟:いい質問だね、さやかさん。実際のところ、「かは(=そうなのだろうか? どう思う?)」という疑問の言い回しで終わる短歌は、八代集の約9,700首中に72首あるんだ・・・多いかな? 少ないかな? どう思う?

さやか:72の質問は私には多すぎます・・・それはそうと、「三月…盡(?)…の心」って何ですか?

冗悟:一年の三番目の月の終わりの心持ち。

さやか:あぁ・・・わたし「三月<までの>心」だと思ってました。

冗悟:そう勘違いするんじゃないかな、って気がしてたよ・・・「盡(じん=終わり)」を「迄(まで)」と錯覚したんだね。今の日本人にはありがちな間違いだよ、「盡(じん)」の字面は「儘(まま)」と似てるし、「ま<ま>」と「ま<で>」とは一音違いだしね。

さやか:・・・ってことは、この「三月盡(さんがつナントカ)」は「さんがつまで」じゃなくて「さんがつじん」って読むんですね?

冗悟:正解・・・もっとも、君の間違いはそれだけじゃない気もするんだけどね。

さやか:え? どこがですか?

冗悟:これまたいい質問だね ― どこだと思う?

さやか:えーと、残る容疑者はただ一つ「三月」・・・三月に何か問題、ありますか?

冗悟:たぶん、あると思うよ。「三月末」と言われてさやかさんなら何を思い浮かべる?

さやか:「卒業」。

冗悟:そうくると思った。

さやか:・・・ということは、的外れ、ってことですか?

冗悟:29日から30日分、的外れだね。

さやか:29から30日ぶん・・・? どういう意味ですか?

冗悟:またまたいい質問だね、どういう意味だと思う? 「月経周期」とか言わないでね。

さやか:言いません。月のものは「25から38日」だもん。

冗悟:そうなの?

さやか:一般的にはそうです。個人的には、わたしの周期は秘密です・・・そろそろ答え、教えてくれてもいいんじゃありません、冗悟サン?

冗悟:オッケー、それじゃあ答えの代わりにもう一つ質問 ― 日本では、昔と今とで、どんな種類の「」使ってるかな?

さやか:、ですか?

冗悟:そう。さやかさんは今、どんな使ってる?

さやか:わたしは「鳥ごよみ」使ってます、月ごとにかわいい鳥の写真が付いてるやつ。

冗悟:おぉー・・・これはまたかわいい答えで意表を突いてくれたね。そうそう、思い出した、そう来る可能性も読んでおくべきだったか ― 君は猛烈な鳥好き少女だもんね。

さやか:「猫顔した」でしたよね、わたしも思い出しました(第三話参照)・・・ぁ、そうか、思い出した、「太陰暦」と「太陽暦」だ! そういう答えがほしかったんですよね、冗悟サン?

冗悟:お察しの通り。我々現代日本人は「太陽暦」を使うけど、平安時代の人々の暦は「太陰暦」だから、彼らの「三月=一年の三番目の月」は我々の「三月」とは違うんだ。

さやか:29日から30日ぶん違うんですか?

冗悟:そうだよ。

さやか:一か月ぶん早いんですか、遅いんですか?

冗悟:平安時代の「三月」というか「弥生」は、現代の「四月」にあたるんだ・・・だから「三月盡」にだまされちゃいけないよ、これは「三月末」ではなく実は「四月末」なんだから。

さやか:・・・ってことは「三月盡」は実際には「卒業シーズン」じゃなくて・・・「ゴールデンウイーク」ってことですか?

冗悟:まぁ、そうも言えるかな。もちろんいわゆる「Golden Week(黄金週間)」=レジャー業界最大の書き入れ時ってのはごく最近の発明で、昭和以前には存在しないけど、気分的には今も昔もほぼ一緒だね ― 外に出て自然を満喫するには良い季節、もう冬でもなく、まだ夏でもなく、寒くもなく暑すぎもせず。季節は春、一年で一番陽気な時期だ・・・けど、その陽気もじきに去る・・・「弥生三月」の終わり、現代語では「四月末」 ― それが「三月盡の心」、四月の終わり、というか、春という季節の終わりだね。

さやか:「Beware the <eyes> of March(=3月15日には御用心)」 ― あなたの目(eyes)は間違った方向を向いている!

冗悟:おぉー、その台詞が君の口から飛び出すとは思わなかったよ。君は森の鳥さんたち(birds:バーズ)に詳しいばかりか、「Bard of Avon(バード・オブ・エイヴォン=エイヴォンの詩聖=シェイクスピア)」にも詳しいんだね、さやかさん。

さやか:「Beware the <eyes> of March:3月15日に気を付けろ」、 William Shakespeare作『Julius Caesar(ジュリアス・シーザー)』より、ですよね?

冗悟:えーと・・・どうだろ・・・正しく紙に書いてもらわないと正解かどうかわからないな・・・”ides”の綴り、1文字ずつ言ってみてくれる、さやかさん?

さやか:了解しました閣下 ― “E”-“Y”-“E”-“S” ― 以上、「eyes」であります!

冗悟:!・・・実はこれ、”I”-“D”-“E”-“S”が正解なんだ ― “ides”、その意味は「古代ローマ暦(=太陽暦)の月の中日の15日または13日」・・・「Beware the <ides> of March:三月の真ん中には御用心」、それは”EYES”ではなく”ides”なればなり。

さやか:ぃやぁーん・・・ショックだわ、わたし、ばかみたい・・・

冗悟:間違って覚えてた言い回しをいいタイミングで思い出して修正できたんだから、喜ばしいじゃないか ― これでもう一生正しく覚えてられるだろ?

さやか:はぃ、一生モノの御教示、ありがとうございます。

冗悟:それはそうと、この詩、何を言わんとしているか、わかる? 「惜しむは春の過ぐるのみかは」の部分の解釈、できるかな?

さやか:この春が過ぎ去るのが惜しい、ただそれだけのことだろうか?・・・いえ、違うと思います ― この詩人はもうすぐ終わるこの春を惜しんでるだけじゃなく、彼自身の人生・・・まぁその人生がもうすぐ終わるってことはないかもしれないけど、もうすでに「春」とは言えないその人生についても惜しんでるんだと思います。「過ぎ行くこの春」というのは隠喩(メタファー)で、陰り行く若さ、あるいは衰え行く生命力かしら、詩人自らのそういう境遇の主観的投影になってるんです。

冗悟:完璧な答えだね! まだ人生の最盛期に達してすらいない君のような少女にしては、完璧すぎるほどパーフェクトな正解だよ、さやかさん。

さやか:前回教えてもらった内容が大きかったです。(第五話参照)でも、思うんですけど・・・これってちょっとふさわしくない感じですね。こういう詩を味わう資格はわたしにはまだないと思います。わたしまだ若すぎて、これ本当に味わえるほど熟してないから。詩としては理解できたつもりでも、それを自分の個人的経験として実際そうだなぁとしみじみ心に沁みて実感したりするには、まだまだ遠すぎる感じ。

冗悟:そうだね、俺もそう思う。ごめんね、さやかさんにはまだ早すぎる「熟しすぎ短歌」二つ続けて紹介しちゃって。

さやか:いいえ、二つとも紹介してもらってうれしかったです。感謝してます。ふさわしくないのは詩じゃなくてわたしのほうだから。

冗悟:うぅーん・・・なんか感動しちゃったよ! さやかさんにはいつもほんと感銘受けちゃうね。

さやか:そう言ってもらえるとうれしいです。

冗悟:あんまり嬉しくなっちゃったんで、もう一つ短歌紹介しちゃおうかな・・・もういいです、これ以上いりません、って言われたらやめるけど・・・どうする?

さやか:見たいです、とっても。

冗悟:よかった・・・藤原定家(ふじわらのていか)の短歌なんだけどね・・・彼の名は知ってるよね?

さやか:『小倉百人一首』の生みの親ですよね?

冗悟:その通り・・・まぁ考えてみればさやかさんにはちっとも目新しくない歌だけど、それでも君がどう反応するか見てみたくてね・・・こんな歌なんだけど ― 《あけばまたあきのなかばもすぎぬべし かたぶくつきのをしきのみかは》『新勅撰集(しんちょくせんしゅう・・・八代集の中には含まれない勅撰集)』秋・二六一 明けば又秋の半ばも過ぎぬべし 傾く月の惜しきのみかは(この夜が明けたなら、秋もまた半分過ぎたことになるだろう。惜しいのは今宵の月が傾くことだけだろうか? もっと別にまた惜しむべきものがあるのではなかろうか?)・・・さてと、この短歌、さやかさんの印象はどうかな?

さやか:うーん・・・「デジャ・ビュ(前にどこかで見た感じ)」?

冗悟:実に見事な表現だね! そうそれ、これはまさに「デジャ・ビュ」、君と俺にとっては、前にどこかで見て知り過ぎてる感じの情景・・・定家の手になるこの秋の短歌は、さっきまで話してた春の郷愁の短歌の丸写し(カーボンコピー)だものね。

さやか:唯一の違いは季節だけ。定家はきっとこの春の詩を知ってて、秋向けにふさわしく言葉を入れ替えてみたんだと思います。

冗悟:俺の言おうとしたこと、全部言ってくれちゃったね、さやかさん。事実そうだったかどうかの証拠はないけど、古今の短歌を知り尽くした定家の比類なき博識ぶりを思えば、春の郷愁を詠ったこの印象深い詩を定家が知らなかった、とはとても考えられないからね。

さやか:・・・ということは、これもまた「お決まりコース」ですか?

冗悟:ある意味、そうだね。この「再放送」、さやかさんはどう感じる?

さやか:そぅですねぇ・・・定家自身にとってその感覚が本物で新鮮なら、文言や表現、あるいは感情そのものまでもが、定家自身の発明ではなく他の誰かからの借り物だったとしても、それはそれで問題ないと思います。

冗悟:君はこの詩に、定家の「本物の感情」を感じる? この春の詩ほどに強く、定家は秋の過ぎ行くのを心の底から痛切に惜しんでいるかな?

さやか:(…)正直に言ってもいいですか?

冗悟:徹底的に正直でいいよ ― 正直なさやかさんが俺、一番好きだから。

さやか:それなら正直に言わせてもらいます ― 定家のこの詩にはわたし、真実味がまるで感じられません。確かにそれらしくは響くけど、わたしにはちっとも本物っぽく聞こえません・・・もしかしたらこれ、あの素敵な短歌『春毎に花の盛りは有りなめど 相見む事は命なりけり』を巡って冗悟サンと交わした会話があまりにも印象的すぎたせいかもしれませんけど(第五話参照)・・・あの詩と比べたら、それとこの春の郷愁の詩と比べたら、定家の秋の短歌はまるで生気がない感じです。定家もきっと、冗悟サンやわたしのように、この春の短歌を知っていたんだろうなぁって思うだけで・・・この詩から感じることと言ったらそれだけ、他は何も感じない・・・って、ちょっと言い過ぎましたか、わたし?

冗悟:いや、全然問題ないよ。君がそこに真実を感じないなら、その詩は君にとっては全然ダメってことさ、たとえ他の誰かにはいい詩だったとしてもね。感じ方はみな人それぞれに違ってていいんだ。

さやか:・・・ということは、この「お決まりコース」の定家の歌は、冗悟とさやかの行くべき道にあらず、ってことですね?

冗悟:そう、俺たちは別の道を行こう ― 君と俺とで二人一緒に、定家の熱狂的支持者たちとは別の道を行けばいい・・・そっちの道には俺たち二人以外は誰もいないかもしれないけどね。

さやか:冗悟サンが先導してくれたならわたし、他には誰もいりません。

冗悟:嬉しいこと言ってくれるね ― あんまり嬉しすぎるから、もぅ一つおまけにこの詩にまつわる事実提供しちゃおぅかな・・・さやかさんの方でもうおなかいっぱいです、って言うんなら話は別だけど。

さやか:もっとください。

冗悟:ぅん。藤原定家(ふじわらのていか)は1162年に生まれ、1241年に死んでいる。

さやか:・・・ということは・・・ほぼ80歳まで生きたってことですか? 平安時代としては異例の長生きじゃありません?

冗悟:定家の父親の藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい:1114-1204)は息子より10年長生きしたけどね。

さやか:え、90歳まで生きたんですか?

冗悟:そう。

さやか:信じられない!・・・現代の平均から言ってもすごい長生き。

冗悟:藤原一族の高貴なるこどもたちには、ハンパじゃない長生きが多いんだよ、なんたってハンパじゃない特権階層だったからね。

さやか:そうだったんでしょうね・・・平安時代の日本人の平均寿命って何歳だったのかしら?

冗悟:当てになるような統計的証拠は残ってないね。京都の高貴なる面々を別にすれば、中央の朝廷に官職も位階も持たない普通の人間たちなんて、ただ生きて年老いて弱って死んで、野放し状態だったからね。そんな市井の人々なんて、貴族連中にとっては物の数にも入らない存在、統計的数値の枠内にすら入らなかったんだ。それに「平均」というものは「最低」と「最高」の間にバカみたいに巨大な差があるともう何の意味もなさなくなる・・・平安時代の日本はそういう世界だったのさ ― 何の意味もないから、誰一人そんな数値を数えようとも思わない時代だった。それどころか、当時の人にとっては「平均」とか「平等」とか「統計」とかの概念すらも存在しなかったと思うよ、似たものどうしの人間集団内での個人の主観的感覚としては漠然と存在したかもしれないけど、そんなものは個人の主観でバイアス(偏向)かかって歪みまくってるものだから、自分達の身内の輪の外にいる人たちにとってはまるで受け入れ難い場合が多かったろうし。統計は民主主義の申し子、貴族社会や独裁政治の下ではたちまち孤児と化すものさ。今の世のネット上には、平安時代の日本に関する何の根拠もない数値だの噂だのが、無根拠かつ無責任な又聞きの形で飛び交ってるけど、まともな知識人なら誰一人そんな代物真に受けたりしないし、ましてや無責任に「オウム返し」で受け売りしない・・・さやかさんも、しちゃダメだよ、たとえどれほど鳥好きでもね。

さやか:わかりました。ところで、定家って何歳の時にこの秋の詩を作ったんですか?

冗悟:ヒュー、やったね、やっぱそう来なくっちゃ! その質問が飛び出すのをずっと待ってたんだよ・・・さやかさんは、定家が何歳でこの詩を作ったと思う?

さやか:うーん・・・40歳?

冗悟:定家の人生80年のちょうど「半ば(=ローマ暦でいえば、ides)」だから、40?

さやか:冗悟サンはさやかのこと何でも知ってるんですね!

冗悟:だといいんだけどね。

さやか:ほんとは、50歳ぐらいかな?

冗悟:あの秋の詩に信憑性を持たせるには、50歳が説得力ある年齢かな?

さやか:平安時代としては年行きすぎてますか?

冗悟:さぁどうだろう、正直言って俺、統計や平均にはあまり敬意払わないからよくわからないけどね。何はともあれ、現実の話としては、定家はこの短歌を藤原(九条)良経(ふじわらの(くじょう)よしつね)の屋敷で開かれた歌会で披露してるんだけど、それは建久元年、西暦で言えば1190年のことなんだ・・・さぁ算数の時間だよ ― 1190 – 1162・・・当時の定家はいったい何歳だったでしょうか?

さやか:えぇーと・・・28歳!?

冗悟:そう、この短歌を作った時の定家は28歳だったんだ・・・さぁ、改めて感想を聞かせてくれる、さやかさん? この短歌《あけばまたあきのなかばもすぎぬべし かたぶくつきのをしきのみかは》について、どう思う?

さやか:薄っぺらすぎてまるで現実味ゼロです。だって、過ぎ行く秋に実際郷愁を感じるにしては、当時の定家は若すぎるもの・・・平安時代の基準に照らしても・・・時期尚早だと思います。まったくの作り話、とまでは言わないけど、秋に対する定家の本当の個人的感覚を述べている詩には思えません。少なくとも、この春の郷愁の短歌ほどには真実の響きが感じられません。

冗悟:定家がもし38歳だったらどうだろう?

さやか:うーん・・・それならまぁOKかな。

冗悟:48歳なら?

さやか:この詩の作者としては理想的年齢ですね。

冗悟:58歳なら?

さやか:うーん・・・ちょっと老けすぎ、かな? そのぐらい年取ると、季節の移り変わりにいちいちそんなに動じなくなってるんじゃないかしら・・・でも、よくわかりません、わたしにはあまりに遠すぎて。

冗悟:確かに、君にとってはあまりにも遠すぎるだろうね・・・俺も十代の頃は、二十代の自分すらほとんど想像できなかったもの。ましてや三十路過ぎの自分の姿なんて、とてもとても。

さやか:実際三十過ぎた時、どう感じましたか?

冗悟:何も。

さやか:何も?

冗悟:うん、何も。だって何一つ変わらなかったもの。

さやか:何一つ変わらなかったんですか? ほんとに?

冗悟:あぁ。三十代になって変わったことと言えばそれはただ一つ、十代や二十代の頃とは違って、自分はいつだって自分自身であってそれ以外の何物でもないんだ、ってことにようやく気が付いたってことぐらいだね。たとえどんな状況の中に身を置いても、たとえどんな人々や出来事に取り巻かれても、いくつ年を取ってもどれほど経験を積み重ねても、たとえ何があろうと、自分の中の個人的人格というか俺的中心核は常に俺自身と共にあり、決してどこへも行きはしない・・・知識や感覚は少しずつ積み重なって俺的中心核に上乗せされては行くけれど、俺はそんなの「変化」とは呼ばない ― それは俺の人生の自然的発展の一過程であって、変化などではまったくないからね・・・まぁ改めて考えてみれば、三十路過ぎからの唯一本源的な変化と言えば、発展速度、自分の中に蓄積された中心核への新たな上乗せのペースが、ガクンと落ちたってことぐらいかな。俺の自己拡大のエネルギーが最大だったのは十代の頃、特に15、16、17、18だね! 当時は、一日終わって夜寝る頃には、朝起きた時とは別人の自分がそこにいて、一日で俺はこんなにも多くのことを成し遂げたのかっ!と思うと興奮しすぎてなかなか寝付かれないこともしばしばだったよ・・・さやかさんも今ちょうどそういう人生の段階にあるんじゃない?

さやか:うーん・・・わたしの十代は冗悟サンほどアツくないと思います。

冗悟:アツいかアツくないか、決めるのは君自身さ、他の誰にも言えるもんか! 人はみなそれぞれなんだからね。

さやか:そうですね・・・もしかしたら定家も、まだ28歳とはいえ、秋の去り行くのを見て実際郷愁を催したのかもしれませんね。

冗悟:いい点に気が付いたね。若干28歳とはいえ、定家は、二十一世紀の日本の若者たちよりはずっと多くのものを見、ずっと多くのことを感じていたはずだと断言できるよ。

さやか:どうしてそう断言できるんですか?

冗悟:年代を思い出してごらん ― 定家の年齢じゃなくて、この秋の短歌が作られたその暦年代のほうを・・・まだ覚えてるようならね。

さやか:1190年ですね。

冗悟:うゎぁ、さやかさん、数字の物覚えがすごくいいんだね。

さやか:ほんの数分前のことじゃないですか。

冗悟:そうだったね・・・それと、源頼朝(みなもとのよりとも)が征夷大将軍 ― 日本の蛮族を制圧する戦いの中で全ての武人に司令を出す総大将としての権限を天皇から与えられた人物 ― に任命される2年前のこと・・・それが1190年だ。かくて、侍の支配による鎌倉時代が始まり、平安貴族はもはや支配階層ではなくなり、短歌はもはやかつてほど評価されなくなり、平安時代の日本の雅びなる習慣も風俗もことごとくみな風と共に去りぬ、春の終わりの桜の花か、陰り行く秋の月のごとくに・・・この歌はそんな時代に作られたものだったんだね。

さやか:(…)この短歌を「薄っぺら」呼ばわりしたこと、わたし後悔してます・・・そこには平安末期の栄枯盛衰が山ほど詰まっていたんですね・・・

冗悟:もしかしたら、そうかもね・・・でもあるいはそうでもなかったかも。藤原定家はものすごく頭でっかちで、派手な言葉づかいで大向こうを唸らせては注目引きたがる非現実的なまでに知ったかぶりの歌詠みとして有名だったから、この詩もひょっとすればそうした大胆不敵な目立ちたがりの一作だったかもしれない・・・我々にはわからないことだけどね。実際1190年にその場に居合わせてこの詩を聞いた人にしか、真実はわからない。我々としてはただ、自分自身に問い掛けるだけさ ― この詩が本当に好きか、それとも個人的に引かれるところがないか、どっちか自分なりに決めればいい。

さやか:1190年という年の重要性を教えてもらってから、なんかこの詩、好きになってきました。

冗悟:違う側面から光を当てれば、物事は違って見えてくるものさ。

さやか:空に浮かぶ月みたいに?

冗悟:うぅーん・・・今日のレッスンの締めくくりには実に詩的でいい結びだね・・・おやすみなさい、さやかさん。

さやか:おやすみなさい、冗悟サン・・・また、すぐ、会いましょうね。


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6)(三月盡の心をよめる)

いくかへりけふにわがみのあひぬらむをしむははるのすぐるのみかは

「幾返り今日に我が身の会ひぬらむ惜しむは春の過ぐるのみかは」

『金葉集』春・九三・藤原定成(ふぢはらのさだなり)(11世紀中頃:男性)

(陰暦三月最終日の心持ちについて)

『花々も散り、寒くもなく暑くもない心安らぐ春爛漫の時を経て、暦の上では明日からはもう夏だという・・・あぁ、今年の春も今日限り、惜しいことだなぁ・・・来年もまた会えるかなぁ・・・この先あといくつの春に巡り会えるのかなぁ・・・昔なら、新たな季節が巡り来ることなんて当たり前すぎて何も感じなかったのに・・・行く春を惜しむのみにとどまらぬこの寂寥感・・・年を取るって、こういうことなのかなぁ・・・』

(on the heart at the end of March on lunar calendar)

From tomorrow it’s summer, so the calendar says.

How many more springs shall I see go by henceforth?

Which should I miss, the passage of Spring or my life?

いく【幾】〔接頭〕<ADVERB:how many>

かへり【返り】〔名〕<NOUN:times, returns>

けふ【今日】〔名〕<NOUN:today>

に【に】〔格助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(OBJECT)>

わ【我】〔代名〕<PRONOUN:I, me, myself>

が【が】〔格助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(POSSESSIVE):’s, of, belonging to>

み【身】〔名〕<NOUN:the body, oneself>

の【の】〔格助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(SUBJECT)>

あふ【会ふ】〔自ハ四〕(あひ=連用形)<VERB:meet, encounter>

ぬ【ぬ】〔助動ナ変型〕完了(ぬ=終止形)<AUXILIARY VERB(EMPHATIC)>

らむ【らむ】〔助動ラ四型〕現在推量(らむ=連体形係り結び)<AUXILIARY VERB(QUESTION):I wonder>

…how many more times will I be able to see this day?

をしむ【惜しむ】〔他マ四〕(をしむ=連体形)<VERB:miss, feel sorry for>

は【は】〔係助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(OBJECT)>

はる【春】〔名〕<NOUN:Spring, vernal season>

の【の】〔格助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(SUBJECT)>

すぐ【過ぐ】〔自ガ上二〕(すぐる=連体形)<VERB:be gone, pass away>

のみ【のみ】〔副助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(LIMITATION):only, just, merely>

かは【かは】〔終助〕<POSTPOSITIONAL PARTICLE(RHETORICAL QUESTION):is it?>

…is it only the passage of this Spring that I should really miss?

《iku kaeri kyou ni waga mi no ainu ramu oshimu wa haru no suguru nomi kawa》


■他者を惜しむと我を惜しむは言一重の差■

 この詩の結びは反語的疑問文の形で読者に答えを問うてくるので、答えを出そうとする過程で読者は作品世界へとより深く入れ込むことになる。

 この種の問答型短歌として「かは(=そうなのだろうか? どう思う?)」で結ぶものの数は、八代集約9,700首のうちの72首にも上り、読者の想像的反応の助けを得て31文字の短歌世界の限界を超えるべく詠み手が読み手に訴えかけるこの形式の人気の高さをうかがわせる。

 この種の呼びかけを少々押しつけがましく感じる読者も現代にはいるだろうが、そういう人はまた「短歌は芸術であるのみならずコミュニケーション(意思疎通)手段の一つでもあった」という事実を思い出すべきだろう。コミュニケーションの一環として短歌のやりとりが行なわれていた平安時代の雰囲気を感じ取ってもらうために、更に二つほど「いかにいかに?(=君はどう思う? 返答を乞う)」型詩歌を(それを取り巻く状況説明文ともども)以下に掲げておくことにしよう:

《とまりゐてまつべきみこをおいにけれ あはれわかれはひとのためかは》『金葉集』別離・三四四・菅原資忠(すがわらのすけただ) 止まり居て待つべき身こそ老いにけれ 哀れ別れは人の為かは(今日のこのお別れは、旅立つあなたが主役のはずなのに、後に残った私の方こそもう年老いてしまって、あなたの帰る頃には帰らぬ客になってしまっているかもしれません。そう考えると、あぁ情けなや、このお別れの主役はあなたなのでしょうか? むしろ私のためのお別れ会のような気がしてきます)

・・・この詩は、公用で京都から遠く離れた地方へと(通例四年の任期で)旅立とうとする友人に向けての別れの歌として詠まれたもの。

《おもはずにいるとはみえきあづさゆみ かへらばかへれひとのためかは》『後拾遺集』雑・一〇四〇・律師朝範(りっしちょうはん) 思はずに入るとは見えき梓弓 帰らば帰れ人の為かは(どうやらあなたは深い考えもないままに山に修行に入ってしまったようですね。いいでしょう、弓の弦が必ず元の位置に戻るように、あなたも帰りたければ帰ってきなさい、修行を嫌がるあなた自身のためというよりむしろ、あなたとの再会を願う私のために)

・・・これは、仏教僧になるために山に入ったものの、その後「修行なんかやめて俗世に戻りたい」と泣き言を言ってきた兄弟に向けて送られた詩。

 この種のあいさつのやりとりとしての短歌は、詩的興趣という点では現代の読者の心を打つものではないが、こうした人との応答手段としての役割があったからこそ、短歌は平安貴族の間で大変な好評を博したという側面は確かにある(十世紀初頭の短歌黎明期にあっては特にそうである)。八代集の二番目にあたる『後撰集(950年頃)』などはその種の日常的やりとりだらけであって、そのことがこの勅撰集を(現代の我々にとっては)いささか退屈なものにしてしまっている・・・それに続く勅撰集『拾遺集(1006年)』がその実質的選者である藤原公任(ふじわらのきんとう:966-1041年)の手であれほど素晴らしい作品に仕上がっていなかったとしたら、短歌という詩文は後々ずっとつまらない代物に成り下がってしまっていたことだろう。

「英語を話せる自分自身」を自らの内に持つということは、「さやかさん/冗悟サン」みたいな会話相手が隣にいるみたいなもの。
実際の会話相手の提供はしませんが、「さやかさん/冗悟サン」との知的にソソられる会話が出来るようにはしてあげますよ(・・・それってかなりの事じゃ、ありません?)
===!御注意!===
現時点では、合同会社ズバライエのWEB授業は、日本語で行なう日本の学生さん専用です(・・・英語圏の人たちにはゴメンナサイ)